デザイナーのクリスチャン・ディオールが「最も完成度の高い服とは?」と聞かれた時にこう答えたそうです。
「デザイナーやパタンナー・縫い子・販売員・消費者、それぞれに『この服は誰のものか』と訊ねた時、全員が『私のもの』と答える服、それが最も完成度の高い服である」
ある経営コンサルタントが、この逸話を紹介しながら「関わる全ての人間が『このチーム・組織は自分のもの』と答えられるのが最高に優れたチーム・組織である」と語っているのを読んだことがあります。
いい話ではありますが、私は全面的に賛成・・・ではありません。
チームや組織が素晴らしい業績・成果を挙げている時には、関わる多くの人が上記のような発言をすることは間々あります。
かつてiPhoneが衝撃的なデビューを飾った時、日本の部品メーカー各社が「iPhoneを支えているのは、実は我が社だ」といった発言をしていたことがあります。
チームや組織が優れたパフォーマンスを発揮している時は、わずかな貢献しかしていない人であっても「私はチーム・組織の一員だ。この業績・成果に私も一役買っている」といった類の発言をするものです。
しかし、いかなるチーム・組織も良い時ばかりではありません。
大きなトラブルが発生したり、下り坂になることもあるでしょう。
そんな時にこそ「こうなってしまったのは(このチーム・組織に属していた)自分にも責任がある」と思って行動できる人が少なからずいる。これこそが優れたチーム・組織ではないかと思うのです。
人は、上り調子の時ではなく、トラブルに遭遇した時・下降局面においてこそ真価が問われます。
チームや組織がうまくいっていない時にトップが責任を感じるのは当然です(そうでない人もいます)が、メンバーの中に一人でも多く「自分にも責任がある」と感じて行動できる人がいるかいないか、そういうメンバーを生む土壌があるかどうかが、チームや組織の価値を決めるのではないでしょうか。
今や世界中で民主主義が危機に瀕していると言われます。
欧米では極右が存在感を示すようになり、極右リーダーの大半はロシアのプーチン大統領(のような専制政治)にシンパシーを感じているようです。
民主主義というのは決して効率が良いシステムではありません。
調子がいい時の独裁制(専制政治)は実に効率よく発展・前進します。
何しろ意志決定が速いですから。
だから国勢に陰りが見えている国や、経済的に不調に陥っている国・貧富の差が激しくなっている国(多くの西側諸国が該当します)では、「この現状を一気に打開してくれそうな」強いリーダーに任せようという機運が高まりがちになります。
第一次大戦で敗北を喫し、厳しい不況で社会不安に陥ったドイツはヒトラーを輩出し、彼の下で国力は一時高まったかに見え、第二次大戦の緒戦では連戦連勝を重ねました。
でも、どんな大国もいつかは下降局面に遭遇します。
成功し続けた国家など歴史のどこを探しても見つかりません。
そして、歴史が教えるのは下降局面に遭遇した時に独裁制は弱い、ということです。
「トップは全能である」という前提で構築されているシステムでは、現場の自己判断で勝手なことはできません。
でも、大きな危機や下降局面というのは、中枢でコントロールすることができないくらい同時多発的にトラブルや不調が起きているからそうなったのであり、現場が自発的に判断してトラブルや不調に対処する仕組みでないと対応できないのです。
独裁制は、下降局面に入った時に反対派が勢いづくことはあっても、体制内に「こうなった原因は自分にもある」と考えて行動できる人物が(独裁者が自分から言わない限り)まず誰もいません。
トラブルに遭遇したり下降局面になった時に「私はやらされただけ」と発言する人物が組織的に出てくるのが独裁制であり、「自分にも責任がある」と考えて行動を起こせる人物を、たとえわずかではあっても輩出する可能性があるのが民主主義なのだろうと思います。
民主主義は市民の成熟から大きな利益を得るシステムであり、独裁制はそうではないのです。
独裁制(専制政治)と民主主義の違いは突き詰めればこの一点にあります。
企業運営は必ずしも多数決で進められる訳ではありませんが、それでもトップダウン型運営の問題と自立したメンバーの意義について考える時、独裁制と民主主義の相違から得られる教訓があるように思います。
伸びている企業にオーナー企業が多いのは事実です。
でも、産業史を振り返ると、一旦問題が起きた時にガタガタになるのが早いのもまたオーナー企業だったのです。
経営者が圧倒的に大きな力を持ち得ているのだとすれば、全能の神のように自由にふるまうことにその力を注ぐのではなく、民主主義にありがちな「意思決定の遅さ」を克服しながらも、社員一人一人が成熟かつ自立したメンバーに育つことができる、そういう環境作りにこそ最大限の力を注ぎこむべきではないでしょうか。