文筆家の山崎雅弘さんが、こんなことを言っておられました。
「私はフリーの文筆家ですが、もし私が誰かに雇われる身分で、本や原稿を書くたびに『どんな意図で、どのような進捗で書いたのか』『使った参考文献の費用は』などを毎日書類にして雇い主に提出することを義務づけられたら、執筆の成果本数が減るだけでなく、執筆意欲も大きく削られるだろうと思います。日本の組織が一人一人の人間に要求しているのはそういうことです。あらゆる国際ランキングで日本の地位が下がるのも当然でしょう。役人や「役人的な人間」を満足させるための「ブルシットジョブ」で、一体どれだけの活力や創造力が削がれているのか」と。
「今の時代、創造力が極めて重要だ」と考えない経営者はほとんどいないでしょう。
大手企業トップの新入社員への訓示でも「古い組織を打破する意気込みを持て」「創造性を発揮してほしい」などの言葉が並びます。
経営トップの誰もが「創造性を発揮できる組織にしよう」と言っているにも関わらず、日本企業の生産性は20年以上に渡ってG7(先進7か国)中の最下位であり、日本の特許出願件数も2001年の43万9100件から2021年は28万9200件と、この20年で34%も減っています。
いくつか理由はあるでしょうが「創造性を発揮せよ」という掛け声は勇ましくとも、その組織が(山崎さんが指摘するような)旧態依然たるものになっていることが大きな要因ではないでしょうか。
創造性というものは、アレコレ指示されたから発揮できるものではありません。
ブレークスルーの原動力になるのは、自由闊達に発想・行動できる環境です。
従業員800名の中堅企業ながら、特許&意匠登録件数は巨大企業を押しのけて全国20位以内の常連で、平均報酬は中部地区トップレベルを誇り、年間休日140日プラス有休40日完全取得など福利面でも他を圧倒している、という会社が岐阜にあります。
その会社、未来工業の創業者である故山田昭男氏は生前こう語っておられました。
「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)は禁止している。現場で判断してもらった方が効率的だし、中小企業こそ徹底して頭を使わないといけないのに、ホウレンソウなんてさせるから、社員が上司の顔色を見るようになって、自分で考えなくなるんだ」「残業も禁止。頑張って長く仕事をすることで仕事を片付けようとすると創造力を発揮しなくなる」と。
未来工業のやり方は、創造性を発揮する方法論として行動科学的にも理に叶っています。
スタンフォード大学で組織行動学を教えているミシェル・ゲルファンド教授は「ルーズな文化とタイトな文化」という著書の中で、「こと創造性の発揮に関して言えば、タイトな文化よりルーズな文化の方が適している」と述べています。
ゲルファンド教授はさまざまな実験を通してこのことを証明しており、同じ文化に属するメンバーでも整然と片付けられた部屋よりも散らかった部屋でブレストした方が創造性の高いアイデアが出ることや、全員で一斉に同じ行動をさせた時よりも、てんでばらばらの行動をさせた後の方が創造力が高まることなどを実証しています。
高度成長期の日本を支えたのは工業力の強さであり、皆が同じ方向を向ける団体戦の強さでもありました。
その成功体験があまりに染みついてしまったことが、IT時代になって日本の弱さとなって出てきてしまったのではないでしょうか。
旧い組織で成功体験を積み上げてきたトップや上級管理職にとって、メンバーを自由にさせるのは勇気がいることだと思いますし、実際問題として、自由にさせれば適当に仕事をする社員が出ることもまた避けられないことでもあります。
しかし、適当に仕事するメンバーが出現するなど自由にさせることのマイナスと創造性によって得られるプラスを差し引きすれば後者が圧倒的に多い・・・そういう企業風土を「創造する」ことが21世紀の企業トップに求められる役割なのだろうと思います。
創造性の高い企業風土を創りたいと思えば、組織の作り方・在り方について、実はトップこそ創造性を発揮しなければいけない。
それが21世紀という時代なのでしょう。