『プレバト!!』の夏の俳句タイトル戦「2024年炎帝戦」を見ました。今年の炎帝戦は出場者が過去最多の20名。名人・特待生以外の方の活躍もあって見応えがありました。

お題は「好きな観光地」で、まずは日本の5つのエリア別に予選が行われ、各ブロックの1位(計5名)が決勝で戦うという二部構成でした。

 

 

まずは関東・甲信越ブロックの予選から。

最下位は水野真紀さん(特待生5級)の

高原に横笛ピュルル夏の空

美ヶ原高原(長野県)を詠んだ一句です。

悪い句ではないんですけど、タイトル戦に持ってくるにはちょっと弱い気がします。一番の問題は「に」で、特に上五の「に」は散文的になりやすく、これ以外ありえないときにしか使わない方がいいとのこと。添削後の「高原は夏空横笛のピュルル」は、情報量は原句と一緒ですが一気に空間が広がった感じがします。

 

3位は村上健志さん(永世名人)の

三越の獅子は阿の口夏旺ん

日本橋(東京都)を詠んだ一句です。

普通に良い句だと思ったんですけど、「阿の口」が描写として無難すぎるということでこの順位になったそうです。「三越の獅子」と「夏旺ん」の取り合わせ自体は好評価だったので、あとは「阿の口」をどうするかだけですが、これはなかなかの難問ですね。「あんぐり」ぐらいしか私は思いつきませんでした。

 

2位は嶋佐和也さんの

峰雲のホッピー通りハイボール

浅草(東京都)を詠んだ一句です。

昨年の炎帝戦のときもそうでしたが、おふざけなしの手堅い句で好感が持てます。最下位だった前回と比べて今回は内容も良かったですね。「ホッピー通り」で「ハイボール」を飲むというささやかな裏切りも面白いです。夏井先生からの指摘にもありましたがとてもリズムの良い俳句で、やっぱり五七五という韻律は美しいなと思いました。

 

1位は横尾渉さん(永世名人)の

雪渓のピザ屋品川ナンバー来

長野県を詠んだ一句とのことです。

これは良い句ですね。後半の展開がうまいと思いました。具体的な地名は書かれていませんが、「雪渓」と「品川ナンバー」で距離感を作り出し、だいたいどのような場所かを読み手に想像させるというテクニックが光っています。(どうでもいいことですが、VTRに出てきたピザがあまりにもカラフルすぎて気になりました。)

 

 

続いて関西・中四国ブロックです。

最下位は藤本敏史さん(永世名人)の

朝九時のビール塩こぶビリケンはん

新世界(大阪府)を詠んだ一句です。

フジモンさん的には「ビリケンはん」が人間の姿になって一緒に飲んでいるみたいなファンタジーも表現したかったようですが、いくらなんでもそれは厳しい……。夏井先生からは、新世界を詠んだ句として「ビリケンはん」が念押ししすぎて損しているということで、下五を全く違うものに変えることを提案されていました。

 

3位は河野純喜さんの

USJセットファサードの片陰

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府)を詠んだ一句です。

「セットファサード」とは映画の撮影に使われる舞台セットのことだそうで、用語がわかると映像が浮かんでくるタイプの句ですね。添削はありませんでしたが、どうしても調べがごたついている感じがします。「USJ」とあれば「セット」だけでも通じそうな気はしますがどうでしょうか。「セット」だけでOKなら残りの音数でいろいろやれそうです。

 

2位は安藤和津さんの

夏を追う叡電の影チャリの影

叡山電鉄(京都府)を詠んだ一句です。

「夏を追う」というフレーズが素敵ですね。「叡電」がどんな電車かは知りませんでしたが、「チャリ」のおかげでスピード感や走っている景色が想像できます。また、「影」をリフレインさせることで映像と調べをつくるとともに、夏を惜しむ気持ちまで表現していて凄いです。安藤さんはもはや名人・特待生レベルと言っても過言ではないでしょう。

 

1位は立川志らくさん(名人7段)の

渡月橋の騒き干からびた蜥蜴

渡月橋(京都府)を詠んだ一句です。

志らくさんの話によると、吉原を冷やかしながら歩いている客と橋で干からびている蜥蜴の対比を描きたかったとのことです。私は「騒き(ぞめき)」の意味を知らなかったのでそこまでは読み取れませんでしたが、単純に動と静を表現した句として良い句だと思いました。説明を聞くとさらに奥行きが感じられる一句ですね。

 

 

次は九州・沖縄ブロックです。

最下位は森迫永依さん(特待生2級)の

スキットルの固き四角や片陰り

西表島(沖縄県)を詠んだ一句とのことです。

ビーチの片陰りで休んでいるときに、スキットルの冷たさと重さを実感したことを詠みたかったそうですが、この句ではそれが表現しきれていない印象を受けました。「片陰り」だとどの観光地にも当てはまってしまうということで、「花梯梧」など地域性のある季語を入れると季語以外のフレーズも生きてくるというアドバイスは参考になりました。

 

3位はかたせ梨乃さんの

始発待つ素足ぶらぶら大三東

島原鉄道(長崎県)を詠んだ一句です。

大三東駅は「日本で一番海が近い駅」として知られているそうです。「素足ぶらぶら」が可愛らしいですよね。海の駅ならではの光景をストレートに詠んでいて、とても良い句だと思いました。かたせさんも安藤さんと同様、十分に名人・特待生レベルだと思います。この句が3位だということが、九州・沖縄ブロックのレベルの高さを物語っています。

 

2位は瀧川鯉斗さんの

カタカナの魚ばかりや市薄暑

公設市場(沖縄県)を詠んだ一句です。

この句はうまいですね。具体的な地名が書かれていないにもかかわらず、一読して沖縄の句だとわかります。また、「薄暑(はくしょ)」という季語は三音なので五七五に入れ込むのがけっこう難しかったりするのですが、なるほどこの手があったか、と。「や」の使い方も実に大胆かつテクニカルで、とても勉強になりました。

 

1位は千原ジュニアさん(永世名人)の

舳先より泡盛の神酒一礼す

宮古島(沖縄県)を詠んだ一句です。

船で沖に出る前に泡盛を海へ垂らして事故がないように祈るという光景が詠まれています。丁寧な描写からリアリティとオリジナリティが感じられて、実体験にもとづいた句であることがわかります。また、「泡盛」という季語が効いていますね。沖縄の青くて美しい海が脳内に広がっていきます。気持ちの良い一句です。

 

 

次は中部ブロックです。

最下位は津田寛治さんの

雨後の虹怒髪ゆるんだ東尋坊

東尋坊(福井県)を詠んだ一句です。

これは最下位ですね。何を言いたいのかよくわかりませんし、「虹」とあれば「雨後の」は要らないと思います。津田さん的には東尋坊の波を「怒髪」に喩えて詠んだそうですが、比喩だとわかる工夫もありません。結果、「雨後の虹白波ゆるぶ東尋坊」という形に添削されました。「雨後の虹」がそのままなのが気になりますが、光景は見えてきますね。

 

3位は犬山紙子さん(特待生2級)の

胎児寝る風鈴数多きゃらきゃらと

西伊豆(静岡県)を詠んだ一句です。

西伊豆の宇久須神社にはたくさんの青い風鈴があり、「風鈴神社」とも呼ばれているそうです。風鈴の音が胎児を寝かしつけてくれる精霊の音のみたい、という発想はすごく良いと思うんですけど、そうなると「胎児寝る」と言い切ってしまうところに違和感があります。添削後の「風鈴のきゃらきゃら胎児眠らさん」はやさしくて素敵な一句です。

 

2位は千賀健永さん(名人9段)の

熱田守護の亀の蛭剥ぐ炎天下

熱田神宮(愛知県)を詠んだ一句です。

エピソードが面白いですね。もったいなかったのは「蛭」と「炎天下」の季重なりで、それを解消するために「熱田守護なる亀の甲羅の蛭を剥ぐ」という形に添削されました。「熱田守護なる亀」と直されたことで、「熱田の守護である亀」という意味も伝わりやすくなり、亀の格も上がったような感じがします。

 

1位は森口瑤子さん(名人9段)の

黴臭いホテルだけど海がデカい

小学生時代の家族旅行の思い出を詠んだ一句です。

破調だわ口語体だわどこの観光地だかわからないわと、とにかくイレギュラーずくめな句ではありますが、この素直な語り口がたまりません。今回の炎帝戦の中でもトップクラスに好きな句でした。夏井先生からは、「海が近い」だとホテル情報で終わってしまうところを「海がデカい」にした判断を評価されていました。

 

 

予選の最後は北海道・東北ブロックです。

最下位はヒデさんの

荒山の岩間匂ふや稚児車

大雪山(北海道)を詠んだ一句です。

「荒山」と「岩間」の情報の重複はありますが、「稚児車」という季語のチョイスが良いですね。ただ、いくら調べても「稚児車」の香りに関する情報が出てこず、原句が「岩間が匂っている」句であるのに対し、添削例の「晴天や岩間を匂ふ稚児車」は完全に「稚児車が匂っている」句になるので、そこの正確性が気になります。

 

第3位はこがけんさん(特待生4級)の

船に群れ海猫の腹蒼々と

三陸海岸(東北)を詠んだ一句です。

着眼点が良いと思いました。映像も浮かんできます。いきいきとした「青」ではなく、暗さを含む「蒼」を選んだのも正しかったと思います。しかし、「に」という助詞の選択は正しくなかったようで、「舷(ふなべり)や腹蒼々と海猫(ごめ)の群」という形に添削されました。素材が良かったためか、添削にも俄然力が入っていたように感じました。

 

第2位は梅沢富美男さん(特別永世名人)の

竜飛より海峡見ゆる翌は秋

竜飛崎(青森県)を詠んだ一句です。

竜飛崎では、夏の暑いときにも涼しい風が吹いて一足先に秋の訪れを感じられるそうです。「翌は秋」という季語が立っていて立派な俳句だと思いますが、同時に物足りなさを感じるのも否めません。どこかで見た歌詞っぽさが敗因でしたが、「竜飛」と「海峡」のイメージの近さや、あえて「見ゆる」を使う意味なども順位に影響している気がします。

 

第1位は蓮見翔さん(特待生5級)の

釧路駅知らないコンビニの冷房

釧路(北海道)を詠んだ一句です。

人の少なさに不安や寂しさを感じる中、知らないコンビニでも冷房は同じような冷やし方をしていてホッとしたことを詠んだ――とのことですが、私は解説を聞くまで、知らない町での不安感を冷房がさらに増幅させているという内容の句だと思っていました。いずれにせよ、リアリティとオリジナリティのどちらの点においても納得の1位だと思います。

 

 

ここからは決勝戦の感想です。

決勝戦は明確な順位がつけられていなかったので、評価の低かった順に取り上げていきます。
まずは森口瑤子さんの

向日葵を抜けると海や走り出す

伊豆下田(静岡県)を詠んだ一句とのことです。

どこの観光地を詠んだ句なのかわからないところが他の句に一歩及ばない要因という指摘がありました。具体的な観光地の情報が詠み込まれていないという点では予選の句も同じですが、こちらの句は単純にパンチ力が足りないように思います。ただ、夏井先生からは特にどこがダメという添削もなく、むしろ地名に頼らない姿勢を強く褒められていました。

 

次は千原ジュニアさんの

宮古島ホースに溜まる水は炎ゆ

予選と同じく宮古島を詠んだ一句です。

ホースに溜まって熱湯のようになっている水に、宮古島の人々と歴史を重ねた句でしたが、夏井先生からは「宮古島」である必然性が弱いという指摘を受けてしまっていました。一句の中に込めたい想いが強すぎると十七音に収まらなくなりますが、引き算をしすぎてしまうと句意が伝わらなくなってしまうので、そのあたりのバランスが難しいですよね。

 

次は立川志らくさんの

油照り影が溶け出す中田島

中田島砂丘(静岡県)を詠んだ一句です。

「油照り」に対して「影が溶け出す」という表現がありきたりすぎるのが問題なのかと思いましたが、この句の場合は「中田島」を知らない人にも「砂丘」だとわかるようなヒントがないことが問題なのだそうです。「富士山」のような観光地であれば簡単に越えられるハードルですが、たしかに「中田島」という字面だけでは映像が浮かんできませんね。

 

惜しくも優勝を逃したのは横尾渉さんの

能登は虹一棟貸しの露天風呂

能登半島(石川県)を詠んだ一句です。

「能登」と「虹」という取り合わせが復興へのイメージ、応援・エールにつながっている点が評価されていました。一方、「一棟貸しの露天風呂」に関しては、「能登」と「虹」のイメージから離れてしまっているため、能登ならではのものが少し入っていたら結果は変わっていたかもしれないとのことでした。今回のお題ならではの難しさを感じます。

 

そして優勝は蓮見翔さんの

夏暁の納沙布FMのノイズ

納沙布岬(北海道)を詠んだ一句です。

納沙布岬は日本で最初に日が昇る場所だそうで、そこへドライブしに行ったときの思い出を詠んだとのこと。良い句だとは思うんですけど、予選の句と比べるとちょっと普通ですね。圧倒的な1位というよりは、他の4名が予選で力尽きてしまった印象。ただ、蓮見さんが期待の特待生であることに変わりはありません。もっと蓮見さんの句が見たいです。

 

 

俳句が多いとその分良い句・好きな句もたくさん出てくるので、俳句のタイトル戦は毎回このぐらいの規模でやってほしいと思いました。

出演者・スタッフの皆様、お疲れ様でした。