07'江津湖レガッタ
2007/4/21~22
江津湖 1000m
男子1×
加藤 裕(工・知産4)
M1× 予選A組
1 熊本学園大学 狩野 3'52"87 ②
2 熊本大学 加藤 3'51"46 ①
4 熊本学園大学 島田 4'12"16 ③
M1× 決勝
1 熊本BC 長舘 4'04"16 ③
2 熊本大学 加藤 3'53"32 ①
3 熊本学園大学 狩野 3'58"51 ②
4 熊本学園大学 島田 4'14"17 ④
M1× 選手権
1 熊本学園大学付属高校 島津 3'43"62 ①
2 熊本学園大学付属高校 宮村 3'52"06 ④
3 熊本大学 加藤 3'45"34 ②
4 熊本学園大学 狩野 3'50"69 ③
女子1×
善福 沙李(理・理2)
牧原 由衣(文・文2)
W1× 決勝
2 熊本大学 善福 4'40"50 ①
3 熊本大学 牧原 5'58"39 ②
W1× 選手権
1 熊本学園大学付属高校 原田 4'35"45 ③
2 済々黌高校 深田 4'27"06 ①
3 熊本大学 善福 4'31"50 ②
4 熊本大学 牧原 4'57"87 ④
女子2×
S 高木 真梨子(教・小学校4)
B 重村 美穂(法3)
W2× 決勝
2 熊本学園大学 4'13”45 ②
3 熊本大学 3'56”16 ①
W2× 選手権
1 熊本学園大学付属高校A 3'53"06 ②
2 熊本学園大学付属高校A 4'06"06 ③
3 熊本大学 3'50"74 ①
4 熊本学園大学 4'09"84 ④
女子4×+
C 安原 舞(法2)
S 戸根 梓(理・理2)
3 小林 奈央(工・物生2)
2 児玉 友香(工・物生2)
B 能宗 寿美礼(文・文3)
W4×+ 決勝
2 熊本大学医学部「蒼閃」 4'19”28 ②
3 熊本大学医学部「蒼風」 4'29”58 ③
4 熊本大学 4'00”29 ①
W4×+ 選手権
1 熊本大学 3'50"15 ②
2 熊本大学医学部「蒼閃」 4'20"37 ④
3 熊本学園大学付属高校 3'49"07 ①
4 済々黌高校 3'51"71 ③
男子4+
C 永徳 祐貴(工・環シス4)
S 柳原 拓也(工・マテリアル2)
3 大久保 太郎(工・環シス4)
2 塩手 隆志(工・環シス3)
B 中村 聡介(工・電気3)
M4+ 決勝
2 熊本大学 3'32"04 ②
3 熊本大学医学部「竜神」 3'31"12 ①
4 熊本学園大学 3'40"54 ③
M4+・4×+ エキシビジョン
1 熊本学園大学付属高校 3'24"12 ①
2 熊本高校 4'07"00 ④
3 熊本大学医学部「竜神」 3'33"51 ③
4 熊本大学 3'29"86 ②
男子8+
C 小畑 智章(理・理4)
S 久保田 靖之(工・知産2)
7 高口 雄基(工・マテリアル2)
6 松尾 博和(工・マテリアル2)
5 峰下 正博(理・理2)
4 今井 理文(理・理4)
3 武藤 洸哉(工・情報2)
2 田邉 竜弥(工・電気3)
B 岩井 総一郎(工・環シス3)
男子4×
S 久原 健太(理・理2)
3 松尾 悠也(理・理2)
2 弘中 正芳(文・歴史3)
B 内田 真史(工・電気3)
M8+、M4× 決勝
2 熊本大学8+ 3'07"62
3 熊本大学4× 3'34"35
江津湖 1000m
男子1×
加藤 裕(工・知産4)
M1× 予選A組
1 熊本学園大学 狩野 3'52"87 ②
2 熊本大学 加藤 3'51"46 ①
4 熊本学園大学 島田 4'12"16 ③
M1× 決勝
1 熊本BC 長舘 4'04"16 ③
2 熊本大学 加藤 3'53"32 ①
3 熊本学園大学 狩野 3'58"51 ②
4 熊本学園大学 島田 4'14"17 ④
M1× 選手権
1 熊本学園大学付属高校 島津 3'43"62 ①
2 熊本学園大学付属高校 宮村 3'52"06 ④
3 熊本大学 加藤 3'45"34 ②
4 熊本学園大学 狩野 3'50"69 ③
女子1×
善福 沙李(理・理2)
牧原 由衣(文・文2)
W1× 決勝
2 熊本大学 善福 4'40"50 ①
3 熊本大学 牧原 5'58"39 ②
W1× 選手権
1 熊本学園大学付属高校 原田 4'35"45 ③
2 済々黌高校 深田 4'27"06 ①
3 熊本大学 善福 4'31"50 ②
4 熊本大学 牧原 4'57"87 ④
女子2×
S 高木 真梨子(教・小学校4)
B 重村 美穂(法3)
W2× 決勝
2 熊本学園大学 4'13”45 ②
3 熊本大学 3'56”16 ①
W2× 選手権
1 熊本学園大学付属高校A 3'53"06 ②
2 熊本学園大学付属高校A 4'06"06 ③
3 熊本大学 3'50"74 ①
4 熊本学園大学 4'09"84 ④
女子4×+
C 安原 舞(法2)
S 戸根 梓(理・理2)
3 小林 奈央(工・物生2)
2 児玉 友香(工・物生2)
B 能宗 寿美礼(文・文3)
W4×+ 決勝
2 熊本大学医学部「蒼閃」 4'19”28 ②
3 熊本大学医学部「蒼風」 4'29”58 ③
4 熊本大学 4'00”29 ①
W4×+ 選手権
1 熊本大学 3'50"15 ②
2 熊本大学医学部「蒼閃」 4'20"37 ④
3 熊本学園大学付属高校 3'49"07 ①
4 済々黌高校 3'51"71 ③
男子4+
C 永徳 祐貴(工・環シス4)
S 柳原 拓也(工・マテリアル2)
3 大久保 太郎(工・環シス4)
2 塩手 隆志(工・環シス3)
B 中村 聡介(工・電気3)
M4+ 決勝
2 熊本大学 3'32"04 ②
3 熊本大学医学部「竜神」 3'31"12 ①
4 熊本学園大学 3'40"54 ③
M4+・4×+ エキシビジョン
1 熊本学園大学付属高校 3'24"12 ①
2 熊本高校 4'07"00 ④
3 熊本大学医学部「竜神」 3'33"51 ③
4 熊本大学 3'29"86 ②
男子8+
C 小畑 智章(理・理4)
S 久保田 靖之(工・知産2)
7 高口 雄基(工・マテリアル2)
6 松尾 博和(工・マテリアル2)
5 峰下 正博(理・理2)
4 今井 理文(理・理4)
3 武藤 洸哉(工・情報2)
2 田邉 竜弥(工・電気3)
B 岩井 総一郎(工・環シス3)
男子4×
S 久原 健太(理・理2)
3 松尾 悠也(理・理2)
2 弘中 正芳(文・歴史3)
B 内田 真史(工・電気3)
M8+、M4× 決勝
2 熊本大学8+ 3'07"62
3 熊本大学4× 3'34"35
リンク
社会人ボート部
アメンボウ(横浜)
三井物産ボート部OBクルー『Powers』
その他
日本ボート協会
静岡県ボート協会
OZAWA ROWING INFORMATION 2000
熊本大学体育会
熊本県ボート協会
他大学
熊本大学医学部漕艇部
九州大学ボート部
長崎大学医学部漕艇部
佐賀大学医学部漕艇部
産業医科大学漕艇部
宮崎医科大学ボート部
愛媛大学漕艇部
山口大学ボート部
広島大学体育会漕艇部
岡山大学漕艇部
鳥取大学医学部漕艇部
大阪大学体育会漕艇部
京都大学端艇部
滋賀医科大学端艇部
浜松医科大学漕艇部
東京大学ボート部
東京工業大学漕艇部
新潟大学漕艇部
東北大学漕艇部
東北大学医学部ボート部
共立女子大学ボート部
一橋大学 端艇部
東京外国語大学端艇部
法政大学体育会漕艇部
明治大学端艇部
早稲田大学漕艇部
学習院大学漕艇部
アメンボウ(横浜)
三井物産ボート部OBクルー『Powers』
その他
日本ボート協会
静岡県ボート協会
OZAWA ROWING INFORMATION 2000
熊本大学体育会
熊本県ボート協会
他大学
熊本大学医学部漕艇部
九州大学ボート部
長崎大学医学部漕艇部
佐賀大学医学部漕艇部
産業医科大学漕艇部
宮崎医科大学ボート部
愛媛大学漕艇部
山口大学ボート部
広島大学体育会漕艇部
岡山大学漕艇部
鳥取大学医学部漕艇部
大阪大学体育会漕艇部
京都大学端艇部
滋賀医科大学端艇部
浜松医科大学漕艇部
東京大学ボート部
東京工業大学漕艇部
新潟大学漕艇部
東北大学漕艇部
東北大学医学部ボート部
共立女子大学ボート部
一橋大学 端艇部
東京外国語大学端艇部
法政大学体育会漕艇部
明治大学端艇部
早稲田大学漕艇部
学習院大学漕艇部
熊大ボート部の歴史
1895 第五高等学校端艇部として創部
「運動の種類多しと雖、我が国に於いて国民的遊技として、大いに奨励さるべからざるもの三あり。曰く撃剣、曰く柔道、曰くボート是なり。前二者は、古の武士の課業となり居りしものにて、今日なほ全国に行はる。」(牛後生投)
1895
明治28年11月 龍南会附属端艇規定制定<41号>
1896
明治29年1月25日 花陵、金峰、龍田、進水
明治29年4月12日 第一回春季競漕大会
明治29年4月13日 第二代部長夏目金之助着任
明治29年12月 艇庫建築
1897
明治30年5月20日 資力乏しく、寄付を仰ぐ。発起人に二代部長夏目漱石の名あり。<176号>
明治30年6月12日付け 校長より鎮守府長官宛譲渡照会をし、佐世保鎮守府より日清戦争の戦利品「鎮遠号」艦載カッター二艘を譲り受ける。
廻航のため佐世保に富田、○○両名滞在。
明治30年7月末まで佐世保町字濱田町海岸通船係留場にて修理
8月2日百貫港回漕、8月3日百貫港をたち4日に無事江津湖に安着した。廻航参加者は、五高生16名、元五高生1名、商船学校生徒2名、攻玉社生徒1名、済々黌生徒5名、数学院及び鵬翼舎生徒5名の30名であった。
「大連」「旅順」<176号>100円の借金を夏目金之助補填する。
1949 昭和24年9月~12月 熊本大学漕艇部結成
1950 昭和25年1月 五高艇引き揚げ作業開始
25年1月から引き揚げにかかった。3月までかかって、木部あたりに、漂流していたボートを一隻(ちから)、沈没していたのを二隻(みどり、艇名不明)を引き揚げた。
昭和25年4月 練習開始
25年4月から水洩りだけを修理して練習を始めた。希望に燃えてオールを握ったが、ストラップは勿論ストレッチャーもないので体の反動を利用して起き上がらねばならず、ちょっと油断をするとひっくり返る有様であった。それでも漕ぐ者は集まった。
1951 昭和26年4月 クルーを結成し、練習
26年になると大学は三年生まで学生が入り、工学部からも参加があったので、クルーを組んで練習を始めた。ストラップシートも大学と江藤さんのお陰で格好がついた。
1952 昭和27年7月? 大雨にたたられ、練習六日で九州地区大学レガッタ(於福岡)に出漕した。
集まる大学は、熊本大学のほかに九大、西南大、福岡学芸大、長崎大、鹿大。
1959 昭和34年2月7日 龍水会結成
熊本市坪井にあった県の「むつみ寮」において呱々の声をあげる。
2000 平成12年1月 熊本大学体育会ボート部に改称
「運動の種類多しと雖、我が国に於いて国民的遊技として、大いに奨励さるべからざるもの三あり。曰く撃剣、曰く柔道、曰くボート是なり。前二者は、古の武士の課業となり居りしものにて、今日なほ全国に行はる。」(牛後生投)
1895
明治28年11月 龍南会附属端艇規定制定<41号>
1896
明治29年1月25日 花陵、金峰、龍田、進水
明治29年4月12日 第一回春季競漕大会
明治29年4月13日 第二代部長夏目金之助着任
明治29年12月 艇庫建築
1897
明治30年5月20日 資力乏しく、寄付を仰ぐ。発起人に二代部長夏目漱石の名あり。<176号>
明治30年6月12日付け 校長より鎮守府長官宛譲渡照会をし、佐世保鎮守府より日清戦争の戦利品「鎮遠号」艦載カッター二艘を譲り受ける。
廻航のため佐世保に富田、○○両名滞在。
明治30年7月末まで佐世保町字濱田町海岸通船係留場にて修理
8月2日百貫港回漕、8月3日百貫港をたち4日に無事江津湖に安着した。廻航参加者は、五高生16名、元五高生1名、商船学校生徒2名、攻玉社生徒1名、済々黌生徒5名、数学院及び鵬翼舎生徒5名の30名であった。
「大連」「旅順」<176号>100円の借金を夏目金之助補填する。
1949 昭和24年9月~12月 熊本大学漕艇部結成
1950 昭和25年1月 五高艇引き揚げ作業開始
25年1月から引き揚げにかかった。3月までかかって、木部あたりに、漂流していたボートを一隻(ちから)、沈没していたのを二隻(みどり、艇名不明)を引き揚げた。
昭和25年4月 練習開始
25年4月から水洩りだけを修理して練習を始めた。希望に燃えてオールを握ったが、ストラップは勿論ストレッチャーもないので体の反動を利用して起き上がらねばならず、ちょっと油断をするとひっくり返る有様であった。それでも漕ぐ者は集まった。
1951 昭和26年4月 クルーを結成し、練習
26年になると大学は三年生まで学生が入り、工学部からも参加があったので、クルーを組んで練習を始めた。ストラップシートも大学と江藤さんのお陰で格好がついた。
1952 昭和27年7月? 大雨にたたられ、練習六日で九州地区大学レガッタ(於福岡)に出漕した。
集まる大学は、熊本大学のほかに九大、西南大、福岡学芸大、長崎大、鹿大。
1959 昭和34年2月7日 龍水会結成
熊本市坪井にあった県の「むつみ寮」において呱々の声をあげる。
2000 平成12年1月 熊本大学体育会ボート部に改称
熊大ボート部部歌
一.
しらぬいもゆるせいかいは こくどゆたかにめぐるなれ
不知火燃ゆる西海は 黒土豊かに繞るなれ
ちょうこうみどりあしなれば あきつはもくしながるなり
長江緑蘆鳴れば 蜻蛉は黙し流るなり
ああわがおのこゆめおおく かいちょうおんにせいうけぬ
あヽ我が男子夢多く 海潮音に生享けぬ
二.
かもめをおいてうみとおく げんぱをあびしひねもすの
鴎を追いて海遠く 舷波を浴びし終日の
りきそうなればゆうづつは ゆうしのかたにひかるなり
力漕なれば金星は 勇士の肩に光るなり
むらさきあわくのはくれて かえれるむれはいきあがる
紫淡く野は暮れて 帰れる群は意気あがる
三.
さあれうきひのなみまくら きのうもきょうもうみにねて
さあれ憂き日の波枕 昨日も今日も海に寝て
なみまにいのちきざむなり がしんのくそうだれかしる
波間に生命刻むなり 臥薪の苦楚誰か知る
うみのかなたにうんぜんの れいほうついにまもるらん
海の彼方に雲仙の 霊峰遂に守るらん
四.
さらばゆくかしかぜあらき おうみのうみはすさぶとも
さらば行く可し風荒き 近江の海はすさぶとも
ちょうこうじゅうりとびかいし かのぺがさすのりゅうなんの
長江十里とびかいし かの神馬の竜南の
かしわをのせしそうていに てきするもののありなんや
柏を載せし走艇に 敵する者のありなんや
しらぬいもゆるせいかいは こくどゆたかにめぐるなれ
不知火燃ゆる西海は 黒土豊かに繞るなれ
ちょうこうみどりあしなれば あきつはもくしながるなり
長江緑蘆鳴れば 蜻蛉は黙し流るなり
ああわがおのこゆめおおく かいちょうおんにせいうけぬ
あヽ我が男子夢多く 海潮音に生享けぬ
二.
かもめをおいてうみとおく げんぱをあびしひねもすの
鴎を追いて海遠く 舷波を浴びし終日の
りきそうなればゆうづつは ゆうしのかたにひかるなり
力漕なれば金星は 勇士の肩に光るなり
むらさきあわくのはくれて かえれるむれはいきあがる
紫淡く野は暮れて 帰れる群は意気あがる
三.
さあれうきひのなみまくら きのうもきょうもうみにねて
さあれ憂き日の波枕 昨日も今日も海に寝て
なみまにいのちきざむなり がしんのくそうだれかしる
波間に生命刻むなり 臥薪の苦楚誰か知る
うみのかなたにうんぜんの れいほうついにまもるらん
海の彼方に雲仙の 霊峰遂に守るらん
四.
さらばゆくかしかぜあらき おうみのうみはすさぶとも
さらば行く可し風荒き 近江の海はすさぶとも
ちょうこうじゅうりとびかいし かのぺがさすのりゅうなんの
長江十里とびかいし かの神馬の竜南の
かしわをのせしそうていに てきするもののありなんや
柏を載せし走艇に 敵する者のありなんや
平成4年10月10日発行 五高端艇部緑水会史より転載
