「国体廃止も一つの考え」宮城県知事が投じた一石 渡り鳥、優勝ノルマ、ハコモノ主義…いびつさは前から話題
●リンク先・・・【2024年4月11日/東京新聞/こちら特捜部】
#国民スポーツ大会 #国スポ
— ハイパー有明 (@FJEzaWEIntOhpqB) April 11, 2024
「国体廃止も一つの考え」宮城県知事が投じた一石 渡り鳥、優勝ノルマ、ハコモノ主義…いびつさは前から話題:東京新聞 TOKYO Web https://t.co/WQfG4caYiA
スポーツ漫画と言われれば、私の世代では<あだち充>氏の名は外せないでしょう。
それまでは多くのスポーツ漫画といえば、野球がほとんどといっても過言ではなく、サッカーや柔道なんかを扱った作品が出始めた頃でした。
そんな中で、あだち充氏も野球に続くスポーツ漫画に、水泳を取り入れたんだっけかな。
こちらの『ROUGH』で、実写化もされたんで覚えている方も多いのではないでしょうか。
さて、今回引用した記事は、<国民スポーツ大会(旧:国民体育大会)>の存続論についてです。
国内の各都道府県が持ち回りでの開催となっており、その費用の負担や、施設などの更新などが問題視され、「廃止も視野にして議論するべきでは」となったわけだ。
もともとは<戦後の国民に、スポーツで勇気を与えよう>との趣旨で始まったと言われてはいるが、戦後八十年たっても、ずっと続けていくべきか、改めて議論すべきでしょう。
もちろん、最近ではキャッチフレーズも変化してはいるんでしょうが、毎年持ち回りでの開催の必要性が問われているのだ。
引用した記事中にもあるが、二十五年度開催予定の滋賀県では、競技場などの整備なども含めた開催費用が、五兆円を超える見込みだとも言われている。
そうした状況が、毎年どこかの都道府県で計画され、繰り返されているのもいかがなものなのでしょうか。
しかも、ここ数年は毎回、開催地が優勝しているという不自然さが続き、さらに必要性に疑問を感じさせる。
ほかにも、国際大会で活躍している選手の出場なども少なく、開催する必要性はさらに疑問だ。
引用した記事にもあるが、そろそろ開催する必要性を議論すべきなのではないだろうか。
もちろん、<廃止ありき>を提唱しているわけではないが、国民スポーツ大会に準ずる競技大会がいくつも開催されている中で、未来永劫必要なものかを議論していくべきだと思うのだ。