八十いろは帖 〜 弓張月に寄せる想い 〜 | 熊本城おもてなし武将隊武録ー雲外蒼天ー

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八十のいろは帖を開いていただき
有難うござりまする。

昨日、急遽公開と相なった「弓張月」大村喜前・八十・飯田覚兵衛・南条元清版。
昨年の聖誕祭で聴くことが出来なかった方々にも届いたようで、嬉しき限りじゃ。

あの映像は、南条どのが撮影から編集、撮影の段取りも全て行って下さって出来たものじゃ。
かなりの出来栄えじゃろう?
わたくし達も、初めて完成したものを観た時には、思わず感嘆のため息を漏らしました!

そして、以前から各所で申しておった通り、此度の「弓張月」では、わたくしが歌詞を書かせていただきました。この武録で、込めたる想いなどを少し書き綴りまする。

これまでの「弓張月」の歌い手の組み合わせは、宿敵や主従の関係、はたまた智略と武功で戦国に名を馳せた者など、繋がりの強い方同士じゃった。歌われた歌詞を見ても、共通する過去や想いが詰まっておりました。

さて、此度の四名の組み合わせはどうじゃろう?
それぞれ、身分や立場、生きた年代も違い、わたくしに至っては一人おなご。何を歌詞に綴ろうかと、しばらく思案いたしました。

ふと心に降ったのは、四百年前、それぞれが決して超えることの出来ない、愛すべき偉大な存在が身近におり、その存在が自分よりも先に天へ旅立ったということ。

大村さまにとっては、御父君。
わたくしにとっては、父上。
覚兵衛どのにとっては、幼馴染であり主君。
南条どのにとっては、最初の主君。
名を記さずとも、武録を読みし皆は恐らく分かるじゃろう。

心から尊敬し、その背中を追った存在が、志も半ばに自分をおいて先立ってゆく心情。本来、言葉に表すことなど出来ぬが、それを敢えて言の葉に託して綴りました。

季語や心情描写にもこだわりがござりましたり、歌詞に関連付けて、或る方々に背中の姿でMVに特別出演をして頂いたりと、少しMVの構成にも希望を出させてもらい、満足なものが完成いたしました。

歌詞の中には、それぞれが今使っている家紋の花言葉を使うてみたり、それぞれの名から一文字選び、歌詞に入れ込んだりと、新しい試みもいたしました。名については、南条どのがMVで大変分かりやすくして下さっておるので、探してみて下さりませ。

流行病の自粛期間があった故に、とてもじっくりと歌詞を考えることが出来ました。何度も推敲し時間はかかりましたが、皆さまに満足なものをお聞かせし、お見せでき、嬉しく思っておりまする。
四百年前、我らが胸に秘めたさまざまな感情に想いを馳せて、改めて聴いていただければと思う次第。

今は懐かしき覚兵衛どのの姿もあるの。暖かく優しき気持ちで見ていただきたい。此度ご一緒に歌うことが出来た御三方、さまざまに助言を下さりし大名様方に、心より感謝しておりまする。
ゆーのちゅーぶ、沢山の方に拡散しての!
最後に、撮影のおふしょっとじゃ!













此度はここまでじゃ。
皆さま方、ありがとの。

八十


物事の始まりを表す「いろは」。
当世での新たな人生の「いろは」より、
生きる道にある様々な出来事をしかと噛み締め、
過ごして参りまする。
花のように朗らかに、明日も幸せに
生きて参りましょうの。