熊本城おもてなし武将隊武録ー雲外蒼天ー

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熊本城おもてなし武将隊公式ブログ

先日の卯月 十一日“熊本復興 飛翔祭2026”の時もそうであった。

前日の大雨から一転、本日 卯月 十六日も晴れ渡った。




雨は降るものである。

特にここ一週間は、目前に迫った“その日”を前に、様々なる想いを抱えた者達のために、この肥後熊本という土地が“祈りの雨”を“癒しの雨”を降らせたのだと、そう思っておる。


だが、晴れる。
今日は、晴れた。


大いに泣き腫らした夜が明けて、心軽やかになった時の様な、美しく爽やかな空でござった。




この一週間の内で、特に大切なこの二日だけ鮮烈に晴れた。
神仏の御加護だな……などと、この大学は思いますが、今は原因はどうでも良いのです。


過去に想いを馳せ、今こうして支えられている事を感じ、そして一歩を踏み出す。

その始まりを祝うかの如き青空。


そう、いつの時も止まぬ雨は無し……なのだ。







“十年の節目”と言うが、実はまだなにが終わったわけでもない。

いや、この肥後熊本に人々が生き続ける限り、歴史は続き続ける。
平成二十八年の卯月 十六日も、令和八年の卯月 十六日も、かけがえの無い一日であり、後の世から見る歴史の一幕である。


太古の時代から、我らが生きた四百年前を通り、現在今日に至る。
全ては地続きに流れており、そしてこれからの未来もまた、今日から始まって参る。


故に、生きていく。
過去を抱きしめられる現在であるように、
未来に誇れる“この瞬間”であるように、


どれ程の苦心があろうとも、大切に大切に“この瞬間”を選択致し、周りの者達と共に、笑顔を生み出して参る。

その笑顔を後の世に届けるために生きていく。


今日はその始まりの日であった
明日もその始まりの一日でござる



これからも様々な出来事が起こって参ろう
時には涙する事もあるやも知れぬ

しかしながら恐れる必要もございません
全ては未来へと続いて参ります

そして長く長く雨が続こうとも、いつかは必ず晴れるのだから






そうして心を定めても、苦しくなる時もございましょう。
今日を経て、やはり辛い事を思い出してしまった方もおられるやも知れませぬ。


そんな時は、どうぞ【熊本城】へ御登城くださいませ。
この十年、前を向き続けてきた城にございます。
人々が結集して、過去を未来へと送り続けている場所でございます。


折よく今週末は『熊本城無料開園』でございます。

もちろん我々【熊本城おもてなし武将隊】も出陣致しまする!

苦しい日も、気落ちする日も、心が乱れる日もございましょう。
しかし【熊本城】と【熊本城おもてなし武将隊】は、皆の衆と共に『笑顔』を生み出して、後の世へと紡いで参りたいと願っておりまする。


『支えられた日々を、支え合う力に』


初めての方も、
お久しぶりの方も、
いつも登城されている方も、

今週末は気軽に【熊本城】へお越しくださいませ。

この大学も、皆様方を御待ちしておりまするぞ!








沢村大学助吉重

令和八年卯月十六日
此度も黒田の武士録を此処に書き留める。

『支えられた日々を、支え合う力に』

我々は此の合言葉と共に、
震災から十年を迎える復興の軌跡を、
次代へと繋げる大切な一年にして参りたい。





本日は『熊本地震の日』。
午前十時、犠牲者の御霊に黙祷。

犠牲になられた方への哀悼の意を表すとともに更なる復興を誓って熊本地震から十一年目を歩んで参ります。


十年前の本日午前一時二十五分に最大震度七の地震(本震)が益城町と西原村を襲い、熊本城含む城下周辺も震度六強の大きな揺れに混乱し、熊本の人々は眠れぬ夜を過ごし、不安な朝を迎えた。

あれから十年。本日は午後演舞に出陣致したわけで御座るが、此の午後演舞を執り行う天守閣前広場で我らが演舞を再開したのは震災から五年経った文月初め。

あの時を思い出せば、今、こうして皆様の前で我らの生き様を演舞にて表現出来ることを感無量と考える。

『日常、当たり前』という言葉に対する想い。

現世においては熊本地震を経験したことで特別な感情を感じるようになったとも云えましょう。





此度『熊本地震の日』は熊本地震の歴史を振り返ることで防災への関心や理解を深めることを目的として制定された日で御座る故、

これよりは十年前の熊本地震について、知っておる事柄を書き記しておる。

引き続きお時間許すならば、改めて共に振り返る機会として頂ければ幸いで御座るが、

但し、当時のことを振り返ることで辛い思いをさせることにも繋がりかねん故、そういった方は此処で読み上げるのを中断してほしい。

大切なことは十年という節目を経て、
熊本地震を風化させないこと。
辛い思いをしてまで読む必要など御座らん。

生活基盤や社会構造の再建・強化も復興の重要な指標の一つであるが、真の復興は目に見えるもの、形あるものが元の姿に戻るのことだけではない。

復興を願う全ての者達の心が健やかに安全な状態で暮らせることにあると考える。
故に辛いなら今は読まなくても良し。


それでは、続きを書き記す。

書き記す内容は大きく四つに分けた。


◆熊本地震は何故起きたのか?

こちらは最大震度を計測した益城町を通る“日奈久断層帯”と“布田川断層帯”の二つの断層帯が短い時間差で連動して起きた内陸型地震であります。

前震、本震と二日間(約28時間)のうちに同一観測地点で震度七の揺れが二度も起きたのは、観測史上初(全国的に震度観測が開始されたのは明治17年)で御座った。

又、本震に関しては、三十一年前の阪神・淡路大震災と同規模の大地震であったことも熊本地震の発生特徴として覚えておこう。
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◆頻発した余震

地震発災後、十五日間(2週間) において発生した余震は計二千九百五十九回(2,959回)。これは同じく内陸型の地震である阪神・淡路大震災(230回/兵庫県南部地震)、新潟県中越地震(680回)と比べても多い記録であります。

更に一連の地震で震度六弱以上の揺れ(前震、本震、余震を含む地震)が二日間のうちに七回も発生したことは観測史上初のことで御座った。
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◆人的被害

熊本県で発表された県内の死者は災害関連死も含めると二百七十四人(274人)。
重軽傷者は二千七百五十三人(2,753人)。

地震によって直接亡くなられた方は五十人。
此の人数からも分かる通り、ほとんどの方が本震後の関連死として亡くなられておる。

尚、関連死に入る同年水無月(2016年6月)に発生した大雨による死者は五人で御座ります。

当時、最大で約十八万人もの人が避難生活に身を置き、此の避難生活から引き起こす肉体的・精神的負担や持病の悪化、更には医療機関の機能停止等による初期治療の遅れが関連死の要因とされておる。

過去の大震災(関東大震災、阪神・淡路大震災、東日本大震災)による犠牲の大きな要因は『火災(焼死)、倒壊(圧死)、津波(溺死)』であり、熊本地震は大災害とは呼ばないが『災害関連死』にも十分注意を払わなければならないという教訓を残したと云える。
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◆県内被害額

熊本地震から半年後に推計された被害額は計三兆七千八百五十億円(3兆7850億円)。

そのうち約六割は約十九万戸の被害が出た住宅関係で約二兆五百億円(2兆377億円)。

更に熊本の重要な観光資源である県内の文化財に対する被害額は九百三十六億円(936億)。

熊本城は現在も調査と共に復旧作業が進められておるが、震災から半年後に公表された被害額は約六三十四億円(約634億円)。

一人の人間が一生に必要なお金が三億円だと考えれば、二百人以上の生活を支えることが出来る金額であるが、熊本の重要な観光資源の一つである熊本城が与える経済損失はそれ以上に大きいものであるからこそ一日も早い早期復元復旧が必要とされておる。
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熊本地震について、
私が書き残したかったことは以上で御座る。






十年が経ち、今でも震災の日を迎える度に私がこうして生きていることは単純に運が良かったからだったのか考える‥‥‥

未だ答えは出ぬが、今後の更なる復興の歩みを生きていく中で、震災によって犠牲になられた方の分まで此の熊本をとことん愛して生きていきたいという想いは強い。

震災から十一年目を歩み始めた熊本城。
これからも大いに盛り上げて参りまする。

黒田官兵衛孝高

~夢想連環〜~~~~~~〜〜〜〜〜〜〜〜
様々な思考、日々の感謝、かけがいの無い出逢いと絆は、決して消えることが無きよう、確固たる信念の鎖で繋ぎ合わせ、己が理想の環を広げる。日常は決して普通ではなく、当たり前だと思ってはならない。
~~~~~~~~~~~~~~~~〜〜〜〜
八十のいろは帖を開いていただき
有難うござりまする。


平成二十八年卯月十六日午前一時二十五分

本震かと思われた最大震度七の地震から、わずか二十八時間後に、またしても最大震度七を観測する大地震に襲われました。

お亡くなりになられた方は、災害関連死を含め二百七十五名にのぼりまする。(熊本県HPより)

短時間の間に、震度七の揺れを二度も繰り返したのは観測史上初めてであり、余震回数も年間で四千回を記録いたしました。
「前震」「本震」「活発な余震活動」。これまでの地震の常識を覆すような災害でござりました。


本日で、本震から十年となる節目を迎えました。




本日の午前十時、熊本市にてサイレンを吹鳴いたし、亡くなられた方々の御霊に、黙祷を捧げました。
熊本城本丸にて、同時刻に居合わせてくださった皆様も、わたくし達の呼びかけに呼応してくださり、共に黙祷を捧げてくださりました。


黙祷の間、脳裏に浮かんでまいりました一つの想いがござりまする。
本日の黙祷は、熊本地震で傷ついた全ての方々の十年前の心に、慰めと励ましを捧げる時間でもある、という想いでございまする。

「怖かった」「泣きたかった」「大丈夫だと言って欲しかった」
被災した熊本城の姿をご覧になり「絶望した」というお気持ちを持った方々もおられるでしょう。

過去の傷ついた心を労ることは、今を生きる自分の心を助け、前に進む力を与えまする。
黙祷の時間は終わりましたが、本日一日のどこかで、被災したそれぞれが、当時のご自身の心に「よく頑張ったね」「もう安全だよ」「悲しまないで」「熊本は必ず復興するよ」と、優しく、力強く語りかけるような時間を持っていただければ、と願ってやみませぬ。





熊本地震を受けて、遠方から寄せられる温かい支援にも、熊本の人々は大きく救われました。
支援物資、応援の言葉、義援金など、ご自身ができる形でたくさんの支援を寄せていただいたことを、心より感謝いたしまする。

十年は、ひとつの通過点に過ぎませぬ。しかし確実に、たくさんの方々に支えられ、命あって迎えた一日でございまする。


熊本城の復興のために、わたくし達が出来るのは微々たることじゃ。されど本日、わたくし達を通して、多くの方が地震のことを思い出してくださり、心を寄せてくださったことも事実。
これからも、熊本城へ来てくださる方々へのおもてなしの中で、熊本地震のこと、熊本城の復興のことをしかとお伝えし、熊本城と共に力強く歩んでまいりたいと思いまする。


「支えられた日々を、支え合う力に。」


此度はここまで。
皆さま方、ありがとの。

八十


物事の始まりを表す「いろは」。
当世での新たな人生の「いろは」より、
生きる道にある様々な出来事をしかと噛み締め、
過ごして参りまする。
花のように朗らかに、明日も幸せに
生きて参りましょうの。