おはようございます!
今日もすでに暑いです(゚ー゚;
今日は用事があるといえばありますし、
休みと言えば休みという楽な一日です。
用事を早く済ませてゴロゴロ日和にしようかな!ヘ(゚∀゚*)ノ

記念日というのは毎日ありますよね。
調べてみると面白いものばかり。
毎日の記念日が書かれた手帳もあるぐらいです。
それでは、先月の6月8日は何の日だったか知っていますか?
ヴァイキングの日なのです。
この前、宇宙海賊キャプテンハーロックの話を書いたつながりで、
この日を調べてみました。

理由は、今からさかのぼること1220年前の793年。
平安京の1年前ですね。
793年の6月8日に、世界で初めてヴァイキングの活動が
記録された書が見つかったためです。
ヴァイキングとは、8世紀から11世紀に実在した北欧の民族のことです。
しかし、ヴァイキング=海賊と思っている人が多いと思いますが、
実は違います。
ヴァイキングとは、上記に述べた通り、
当時のスカンディナヴィナ半島で暮らす農民や漁民のことです。
海賊とは、海上を活動し船や沿岸を襲う盗賊のことです。
国や地域、時代によって様々な呼び方があります。
(例)パイレーツ・バッカニア・プライヴァティア・倭寇など。
みなさんには、ジョニー様の
「パイレーツ・オブ・カリビアン」
や
日本で一番売れている漫画
「ワンピース」
が記憶に新しいのではないでしょうか。
ジャック・スパロウは、バッカニアと呼ばれる
カリブ海(17世紀頃)で活動した海賊でした。

またレストランなどで多種類の並ばれた料理から任意のものを
セルフサービスで食べる方式をバイキング(最近はビュッフェ)と言いますよね。
これは当時、帝国ホテルが上映中だった映画「バイキング」を
レストラン名に採用したことから始まります。
その映画の中で海賊たちが、みんなに皿を配り好きなように
食事をとるシーンがあり、そこからきています。

その後、15世紀のヨーロッパでは、一風変わった海賊が現れます。
女王エリザベス1世に可愛がられたイギリスの海賊
「フランシス・ドレーク」

ワンピースにも同じ名前の海賊が出てきていますよね。

彼は当時、イギリスと敵対関係にあったスペインの船を襲撃。
そして莫大な財産を手に入れ有名になりました。
スペインはこのとき無敵艦隊と言われるぐらい強かったのです。
その船に勝ったわけですから、一躍、有名な海賊となりました。
その財産は当時の価値で約60万ポンドだったそうです。
当時のイギリスの国家予算は約20万ポンドだったので、
どれぐらいすごい財産を手に入れたかが分かります。
更に、ドレークはマゼランに次いで
史上2人目の世界一周を達成した人物でもあります。
ここからがドレークの変わったところです。
奪った財産の一部を国家に納めたのです。
彼は、上記にも書いたプライヴァティアと呼ばれる海賊だったのです。
プライヴァティアとは、金品を国家に納めることで
敵国に対して略奪行為が合法化された海賊のことです。
つまり、国家お墨付きの海賊だったというわけです。
その偉業と多額の献上金により、ドレークは、
エリザベス1世から特権階級であるナイト(騎士)の称号を得たのです。
海賊がナイトになったのです。
こうしてドレークは、イギリスで一気に英雄となり、
市長にまで選ばれました。
その名はドレーク海峡(南アメリカと南極の間の海峡)として、
現代にも残っています。
イギリスの海軍では今でも神様のような存在。
「困ったときは、ドレークの名を呼べ!」
と言われているそうです。
しかし、スペインからすると、ドレークは、
「悪魔の化身」
「極悪非道の海賊」
として有名でした。
そして時代は移り、プライヴァティアが減少していきました。
ここから話は戻りますが、カリブ海で略奪行為を始めた
バッカニアと呼ばれる海賊たちが現れます。
その中でも強さと残虐さを持ち合わせた海賊
「フランソワ・ロロノア」
が有名です。

ワンピースではゾロがロロノアですよね。

彼は、舌を抜く、心臓をえぐる、八つ裂きするといった
拷問の達人でもありました。
そのことから、ロロノアと敵対する人たちは、
「ロロノアに捕まるなら死んだほうがマシ!」
と言ってたそうです。
そんなロロノアと同時期に活躍した海賊
「ヘンリー・モーガン」

彼は大の酒好きで、毎日、飲み明け暮れていたそうです。
酒場で人気者だった逸話から
世界中で飲まれているラム酒には
彼の名前がネーミングされて愛されています。
ワンピースにおいては、微妙なキャラでしたね。

拷問や酒に明け暮れる海賊がいる一方で
オシャレに気を遣う海賊がいました。
キャラコ(木綿)のジャックこと、
「ジョン・ラカム」

キャラコの衣服を纏い、とても伊達男だったそうです。
ワンピースでは、

そんなラカム海賊団には異色の存在がいました。
女海賊が2人いたのです。
名は、
「メアリー・リード」、「アン・ボニー」

2人は男装して海賊となりました。
船長のラカム以外はこのことを知らなかったそうです。
アン・ボニーは、ワンピースで言うと、

面白いことに、アン・ボニーはラカムの愛人。
そしてアン・ボニーは途中、ラカムではなく、
他の海賊を好きになってしまうです。
それが、メアリー・リード。(お互い女性だと知らなかった)
複雑な三角関係と思いきや、メアリー・リードは、
他の海賊の男に恋をしていたため何も起こらなかったそうです。
海賊の戦闘といえば、海賊旗をかかげます。
海賊旗のことを、
「ジョリー・ロジャー」
と言います。
この旗の意味は、
降伏すれば命は保障・抵抗すれば死
という意味だったそうです。
海賊旗のマークは海賊によって様々でした。

黒ひげの海賊旗
中でも一番怖い旗がすべてが赤色に塗られた無地の赤旗。
これは、
「降伏できない=全員殺す」
という合図なのです。
当時は通信機みたいなものが海賊船になかったため、
海賊旗をかかげることで
相手に意思表示を送っていたそうです。
海賊にとっては夢の島
「トルトゥーガ」
実際にカリブ海にある島です。
そこでは歓楽街などが発達し、毎晩、海賊たちの宴が開かれていました。
一方、日本にもすぐれた航海術と高い戦闘能力をもつ、
海を支配する者たちが存在しました。
中でも有名なのが、16世紀、瀬戸内海を中心に活動した
「村上水軍」
リーダーの村上武吉は、織田信長との海上決戦で圧勝するほどの者でした。

村上水軍の旗をかかげると他の海賊には襲われないことから、
商人たちは村上水軍にお金を払い
旗をかかげて物資を移動させていたそうです。
行動だけを考えると、
ワンピースでいう白ひげみたいな感じですね。
1555年の「厳島の戦い」においても
村上水軍を味方につけた毛利軍が勝利を収めています。

九州の海賊といえば学校や塾でも習った倭寇。
その倭寇の当主
「王直」

彼は日本史上における大きな出来事に関わった人物なのです。
それは、
1543年の鉄砲伝来。
王直がポルトガル人の火縄銃を買い取り、
種子島の当主に売り渡したことにより伝わったと言われています。
つまり日本に鉄砲を伝えたのは海賊だったわけです。
そしていよいよ18世紀。
海賊黄金時代と言われています。
そこに現れたのが世界で最も有名な海賊
「エドワード・ティーチ」

通称「黒ひげ」です。
黒ひげの奇行ぶりは有名で、
酒を飲んでいるときに仲間の膝を銃で撃ち、
「時々、こういう事をしなくちゃ
お前ら俺がどんな奴か忘れちまうだろ」
と言ったそうです。
そんな黒ひげも拷問は苦手だったようで、
拷問するぐらいなら殺してやれと部下に命令していたそうです。

イギリス軍がついに黒ひげ討伐を開始。
スパイを送り続けて、黒ひげが酔いつぶれるときを待っていました。
捕まる前の日に18歳の女性と結婚し、
黒ひげは朝まで酒を飲み続けているところを
イギリス軍に襲われました。
しかし、黒ひげ軍は最後まで抵抗し、
彼が倒れたときには、
5発の銃弾と20ヶ所以上の刺し傷
があったそうです。
また黒ひげ軍は強く、
酔ったところを襲ったにもかかわらず、
イギリス軍の大半が返り討ちにあったそうです。
この黒ひげの死により、海賊黄金時代は終息していきます。
最後に、キャプテン・キッドの財宝伝説。

これがまさにワンピースですね。
キッドは群衆の前で処刑されるときにこう叫んだ。
「この世のある場所に財宝を隠した!」
その場所を説明しようとしたとき処刑されてしまいました。
今でも発見されていません。
そんな財宝伝説が日本にも存在しています。
それが鹿児島県にある宝島です。
キッドの財宝は見つからなかったものの、
平家の鏡が発見されました。
もちろん、価値のある鏡です。
みなさんも海賊になって
キッドの財宝を探してみてはいかがでしょうか。
地球の7割以上が海です。
海の上で生きていく人の世界というのは
本来の人間たちの生き方なのかもしれませんね。

Shinya