こんにちは、クマ美です
だいぶ涼しくなってきましたね

前回は娘が大きな病院に搬送されるまでを書いたので、今回は続きからです
搬送された時はちょうど昼ごはんの時間。
ですが、そんな泣いてる顔を他のママさんに見せたくなかったため、昼は自分の部屋(この産婦人科は個室でした)で食べました。
正直まだ涙も止まってなかったため、有り難かったですね

食欲は無かったけど、このまま食べなければ身体の回復に繋がらないし、何より入院費の中に食費を払うんだから勿体無いと考えて泣きながら完食しました。
普通は食べれないのかもしれませんが。笑
私のすごいところは、どんな事があっても食事は欠かさない事ですかね。笑
その日のおやつ頃、主治医の先生が来て「よければ明日搬送先の病院にお見舞いに行かないか」と言ってくれたため
家族や娘の病院に確認を取り、会いに行くことになりました
そして次の日
お父さんに連れて行ってもらい、娘に面会しました。
その際、義両親もモニター越しではあるものの面会に来て、私の心配もしてくれました。
とても優しい義両親だなぁと心から思いました

いよいよ面会の時
酸素を鼻から与えられ、保育器の中でスヤスヤと眠る娘。
思わず涙が出ました。
姿が見れるのが嬉しくて、しばらく眺めていると
看護師さんが「良かったら触ってみますか⁇」と言ってくれました
「え、触っていいんですか



」
「どうぞ〜
」
産婦人科では触っていいとも言われなかったのでろくに触らないままここまで来ていたため、触っていいと言われた時は本当にビックリしました
初めてとーかちゃんに触れて、初めて全身をくまなく触りました。
とにかく触りました。
すっっっっごい触りました。笑
寝ている娘が顔をしかめるくらい。笑
その時、ふと気がつきました。
ダウン症であるという事は、案外どうでもいい事やなぁ
確かにダウン症かもしれないけど、この子は紛れもなく私が産んだ子で
この子は私の大好きな我が子という事に変わりはなくて
ただただ娘が愛しい
という気持ちが自然と湧き出てきました。
将来はきっと健常の子より悩む事は多くなるし、いろいろ大変なことも出てくると思うけど
今いろいろ考えたところで先の事なんて誰にも何も何も分からない
私は、この子をしっかりと見て、適切な環境を提供するよう努力するだけだ
一緒に頑張ろう。私も、もしダウン症だったらダウン症について一生懸命に勉強して出来るだけ理解できるようになろう
そう考えました。
やっとここで、自分の娘を「ダウン症かもしれない子」ではなく「可愛い可愛い自分の娘」として見ることができたんだと思います
そして、産後初めて幸せな気持ちになりました
そうなってくれば、考える事は一つ。
せっかく大きな病院に行ったのだ、全身くまなく検査してください
でした
身体の異常が早く分かれば早期に対応することができる
暮らしていく中での注意点もわかるし、良いことしかないではないか
ダウン症の子は心疾患を持っていることが多いし、他に何かあればすぐに治療しなきゃと思いました。
とーかちゃんは保育器の中で身体の酸素濃度が低くなることがあるし、何かしらの異常があることは確か。
出来れば何もないで欲しいけど、原因は早くわかるに越したことはない
まぁほぼ確実にダウン症だろうけど、確定診断も待たなきゃいけないし
という具合で、この日から私はいろいろな心が決まり、再確認しました
我が子をありのままに受け入れること
我が子がどんな状態であろうと、大好きであることに変わりないこと
我が子と一緒に一生頑張っていくこと
我が子を1番に考え、適切な環境を提供するよう努力を惜しまないこと
その時その時で私ができることをすること
この日とーかちゃんに会いに行ったことにより、考えが前向きになりました

本当に会いに行って良かったなと思います
その日は触れるだけでなく、ミルクをあげることも出来ました
まさかミルクもあげれるとは思わなくて、声をかけてもらった時はまたビックリ







笑
あの日の気持ちは一生忘れられないものの1つやと思います