どちらかと言うとっていうか完全に、お誕生日に祝われるべきはお母さんだよなぁ。
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本日、晴れて33歳になりました。32歳になった時から、なんとなく予感はあったんです。ははーん、こりゃさては来年33歳になるなって。勘の良い自分が恐ろしい。まんまと本日33歳になりました。あ、やめてください、石を投げないで、落ち着いて、深呼吸してー。
今朝、母が出社した直後におめでとうを言ってくれました。わたしが生まれた時間帯は朝だそうで、具体的に言うと8時19分にオギャアとこの世に落ちてきたんだそうです。わたしが生まれた時間帯の話になると、母はいつも、美和は早起きだね、と面白そうに笑うのですが、もちろん覚えていないしそもそも8時19分はそんなに早い時刻でもないので、なんとなく笑ってやり過ごしています。
それよりも、母におめでとうと言われると、いやいや、本当に祝われるべきなのはお母さんの方でしょう、と思います。わたしもわたしで、母のお腹から出てくるときにえっさほいさと頑張ったんでしょうけど、なにせ記憶にありません。33前の今日、本当に頑張ってくれたのはわたしではなく母の方で、なので、母に誕生日おめでとうと言われると、お疲れさまでしたと返したくなります。どうもありがとうございました。本当に、お疲れさまでした、いつみさん。
自分がこの世に誕生した記念すべき日を自分自身が覚えていられないということは、なんだかとっても不思議です。同様に、主役不在のまま最後まで行われるお葬式というものも、昔から不思議でした。自分のスタートとゴールを、自分自身は覚えていることができない。だから、周りの方に覚えていていただくのかしらね。こんな人が生まれたね。こんな人が生きてたね。って。
誕生日に、セットでお葬式のことを考える方は意外と多いんじゃないかと思います。10年ほどまえに出会った大好きな言葉に、「故人を記憶している人間が生きている限り、その故人はまだ死んでいない」というものがあります(細かいニュアンスは忘れましたが 笑)自分がいなくなっても、わたしが過去に存在していたことを覚えていてくれる人がいて、自分が覚えていなくても、わたしが生まれた瞬間を覚えていてくれる人がいる。
誕生日当日は、自然と故人のことを考えてしまいます。祖父や、曾祖母や、同い年の友人や、過去の社員さんや。そして、毎年、「うん、覚えてるな」と確認します。ちゃんと覚えているぞ、と。みんなまだ生きてるぞ。
今日は、とてもたくさんの方に、おめでとうという言葉をいただきました。
お誕生日おめでとう、と。
ありがとうございます。とっても嬉しいです。
33年も生きてこられて、とっても嬉しいです。
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「アレ?あだちとオレってクラスメイトだっけ?」
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ずんの飯尾の笑いは誰にも似ていない……彼は日本のお笑い界の奇跡だ!
みたいなことばかりつぶやいています。