瀬田貞二さんの絵本論の口絵を開いたときだった。
そこに書かれている絵本はどれも幼い頃に目にしたことのある絵本だった。
本の中身はこの時点で読んでいない。
でも、分かったのだ。ここに書かれている絵本、私の本棚にあった絵本たちは「宝物」だったのだ。と
それから、教えてもらった本を順番に読み進めていくうちにその宝物たちの輝きは増していった。
私が生まれた時代は、絵本の創世記を経てよい絵本がたくさん作られ始めた頃だった。
そして、幸運なことにその本たちは私の家に毎月届いていたのだ。
その幸運に50年近く気づかずにいたのだ。
そして、再会。
瀬田貞二さん、中川りえ子さん、松岡享子さんに代表される絵本作家たちのあふれる愛情と言葉もらって育った
まさに、「絵本論」にかかれている「こども」それが私だった。
たくさんの優れた絵本から豊かな言葉をもらい、包まれて育った私はそれと意識せずに本の世界を愛し、絵本を読む読み手になっていたのだ。
これこそが、先人たちが言わんとすることなのだ。
そう思ったら、全部私の中にある!そう自信を持つことができた。
読み聞かせを、ストーリーテラーとして歩んでいく自信。
なぜ、本を愛するのか、なぜ、絵本が好きなのかその問いに答えを言葉を得た瞬間だったといえる。
次にくるのは「どんな絵本がよい絵本か」ということ
なぜ、私は一定の作家たちの絵本を読み聞かせに使わないのかという疑問があった。
これに答えを得るには、絵本論をはじめとする児童文学の絵本という分野について、掘り下げて学ぶ必要がある。
30年前の絵本論は今の絵本をどうみるのか。
これから、それを学んでいく。