昨日

『夏至に思うエネルギー回路』と題しまして

家族のエネルギー回路と役割についての

お話をシェアしていただきました😊





今日は家族でも

とりわけ私と母のエネルギー回路と

役割ができあがったと思われる瞬間である


私の人生におけるターニングポイントについて

お話させていただきたいと思います☺️







昭和感満載の写真ですね😆(笑)



はい、これはもちろん

私rippleでございます🥰



2歳頃の写真だと思うのですが

「私の本来のエネルギーはこれ!」

という写真でございますっ💕



無邪気で無敵な私でした🌷✨






人はだいたい1〜2歳あたりで

自我が芽生えてくるといわれていまして


私のターニングポイントは

自我ができ言葉がしっかりしてきた

3歳のときに起こりました。





3歳のある日

無邪気で無敵な私のところに母がやってきて

私を見ることもなく言ったのです。




「家を出ていくから

 アラレちゃんのリュックサックに

 まずはパンツでも入れて用意していなさい」





・・・ 世界が崩れた瞬間でした⚡️





この世界というのは

こうして一瞬にして崩れることがある...


ということが

私の中に一気に入ってきました。




鳥山明先生の漫画が原作であるアニメ

「Dr.スランプアラレちゃん」の

これまた無邪気で無敵なアラレちゃんが

プリントされた真っ赤なリュックは

今でも思い出せますが


そのリュックに

私はパンツを詰め込みました。




そして

私が泣くことで

さらに状況が悪化してはいけないと

「怖いよぅ...」ひとりトイレの中で泣きました。



私の中の無邪気で無敵だった

アラレちゃんならぬrippleちゃんは

崩れたのです。





その後、母と私は家を出たのか、というと

その話はいつの間にかなくなっていて


「状況が分からない不安」は

輪をかけて『思い残し』という形で

私の心に残りました。






私が大人になり

あれは何だったのか母に聞くと


夕食の味噌汁のことで父と大喧嘩になって

本当に出て行こうとしていた、と。



そうだったんだ

っていうか、味噌汁...


そんなちっさなことで

私はあんなに傷ついたのかっっ😨



聞いたときは

正直そう思いましたが💦


こういう出来事に

父と母の間の

すごく大きなエネルギーが動いていることは

今ではよく分かります。




かくいう私も

まさかこの出来事が

私のその後の生き方を「覚悟した」瞬間だったとは

そのとき思っていませんでした。






私はセラピスト道に入り13年ですが

その間、何度も

この3歳のときのことが出てきて

その都度向き合ってきたんですね。


それほどこのエピソードには

色んなエネルギーがくっついていて


薄皮を剥がして

手放せるエネルギーを手放すことを

繰り返してきたのです。





そうしながらたどり着いた

2年前のことでした。


その頃私は退職して

先が見えない「怖さ」

そして馴染みの症状と向き合っていました。



ある日、癒しを得るため

私は私にレイキエネルギーを送りました。


そうしながら瞑想をしていたのです。



瞑想の中で

3歳のときの家の中が視えました。



座っている下には

黄緑のじゅうたん...

そうそう! この黄緑だったな


押入れを開けると、たんすがあって

そのたんすの木目の模様や色、手触り

すべてが鮮やかにそこにあるのです。



私は3歳の私の中に

すっぽりと入っていましたが


3歳の私の心の動きも

そのときの大人の私の心の動きも

どちらも分かりました。





そうして母がやってきました。



「家を出ていくから

 アラレちゃんのリュックサックに

 まずはパンツでも入れて用意していなさい」



あの瞬間を追体験したのです。





すごい衝撃でした...





母が言葉を発し、私がそれを受け取ったのは

たった数秒間のことです。


ですが、その数秒に

ものすごいことが起こっていたことを

そこで知ったのです。





母はかなりエネルギッシュな人なのですが

その母が放った


「家を出ていくから

 アラレちゃんのリュックサックに

 まずはパンツでも入れて用意していなさい」


という言葉には


母の「どうしたらいいか分からない」

「持て余している」という

エネルギーが込められていたのです。



3歳の私はそれを承知していて

その言葉と

エネルギーすべてを受け取りました。




家族のエネルギー回路ができた瞬間は

ここにあったのです❗️



そして同時に

私が「この人生を、生きていく」と

覚悟を決めた瞬間でもあったことが

分かりました‼️





そして衝撃は

もうひと波やってきました😵‍💫





母が私に投げたエネルギーは

どうしたって3歳の私には扱えません。




そこで3歳の私がとったことに



嘘でしょ...



大人の私は驚愕していました。




3歳の私は

そのエネルギーを飲み込んだのです❗️



しかも、飲み込んで

ある臓器におさめたのです‼️






その臓器とは




「子宮」




子宮という臓器が

しばらく眠っていることを

3歳の私は知っていたのです。






これだったのか...



実は

私は昔から子宮に対して

謎の恐怖心があったのです😨




小学校の高学年になると学校で

子宮の仕組みの授業がありましたが


いつも

聞きたくない...怖い...怖い...

と呼吸が荒くなり

気分が悪くなって倒れていました。



それもそのはずですよね。

このパンドラの箱が開いてしまったら

当時はまだ

向き合えないエネルギーが

入っているわけですから💦


倒れて遮断するしかなかったのです😭




ですが

そうとは知らない私。




こんなふうになるのは自分だけ



「なんで私は子宮が怖いんだろう?」




レイキヒーリングのアチューメントを受け

セラピスト道に進んだのは

この「子宮が怖い」を

なんとか克服したいという気持ちもあったんです。


(セラピスト道に入ると

 それよりも心って?体って?世界って?に

 魅了されましたが)




おかげさまで

お師匠さまに出会い

セッションをしていただく中で

薄皮が何枚も何枚もめくれるようにして

自然に子宮への「怖さ」が薄れていきました。


(一気に剥くことは

 私には耐えられなかったと思います)




ところが

「子宮が怖い」克服もあと少し!という

30代後半から



「不正出血」という症状が出始めました。




これが馴染みの症状、です。




「あと少し」は

現状を破壊し新しい境地に行くための

エネルギーが働きます。


「少し」ではありますが

大きいエネルギーが動くのですね。





20代、あるヒーラーさんから

ヒーリングしてもらっているとき


「子宮が氷のようだ」と

言われたことがありましたが


この「怖さ」の原因が溶けてきて

向き合えるようになってきたから


症状として

あらわれ始めたのだと今は分かります。


溶けることと

出血はリンクしていたんですね。





2年前、3歳のときの私を

瞑想で追体験したわけですが


この症状こそが

「現実においての追体験」でもあったと

気づいた機会でもありました。




3歳のときに「パンツ」をつめた

「赤いリュック」

そして「トイレ」で泣いたこと



そうなんです。


これらのワードから連想する症状は不正出血


不正出血こそ

現実においての追体験だったんです。




病院へ行くのがすごく怖くて

震えたり涙したりして

先生や看護師さんに

ご迷惑もおかけしましたが



3歳の私が感じていた

世界が崩れた「怖い」を

追体験していたということもあったと思います。




3歳の体験

「怖い」を克服する体験

そして症状


それらは

私の人生にとっても

セラピスト道にとっても

なくてはならない学びでした。





今はというと


子宮も他の臓器も同じ

大切な私の体の一部


「怖い」はなくなりました。




ただ、症状はまだあります。



今が私の人生の転機中の転機であることもあって

「そっちじゃないよ」「抵抗してるよ」というとき

子宮は症状を出して

自分の状態を教えてくれています。




様々は絡み合いながら螺旋状になり

癒され、成長し、

新しい境地への道になっています。


その過程を辿っている今


症状には感謝しながらも

漢方とレイキヒーリングに

サポートしてもらいながら

体と対話を続けています。



これが私の本道です。





これまでブログで何度か

お話させていただきましたが


この世界

影があるのは光があり

存在しているものがあるためです。



この3歳の出来事は

確かに私の人生に影を落としました。


ですがセラピスト道へとつながり

学びを得ることができた光になりました。


そして私を

私の人生を

際立ててくれています。




人は、放ち、受け取るということをしていますが

時には傷ついたり、傷つけたり

離れたり、離れられたりします。



ですが、これは魂的には了承し

この生の学びのためにタッグを組んで

起こしているということを

学べたことでもありました。


その中でも

家族は誰もが触れられない

深い役割を買って出て

担ってくれているんですね。



あのとき言葉とエネルギーを投げて

悪役を買って出てくれた母

ここには登場していませんが

同じく悪役を買って出てくれた父には

感謝しかありません✨



そしてタッグを組んでくれている

家族に感謝していますし

今では家族が大好きです❤️


(ただし、その過程で

 家族へのネガティブな感情に向き合うこと

 境界線をはっきりすることは大事でした)





3歳の私を追体験していたときに出てきた

「Dr.スランプアラレちゃん」という

無邪気で無敵な女の子のキャラクターの

リュックサック


リュックサックは「背負う」もの

「荷物を入れるもの」ですが

まあまあなエネルギーを私の子宮に

おさめて背負ってきたと思うんですよね。



その影を光の視点で見ると

それだけのエネルギーを入れられるもの

背負える容量を私はもっている


これからは「背負う」のでなく

「恩恵として受け取っていく」


「Dr.スランプアラレちゃん」のように

無邪気で無敵に進みたいです😊