両国駅周辺を散策-2
両国駅周辺散策、その2です。
次の場所は「回向院」(えこういん)。
江戸時代最大の火事(日本史上最大)である「振袖火事」の焼死者10万8千人を幕命(将軍徳川家綱)
によって葬った万人塚がその始まりです。
振袖火事では江戸城の天守閣も焼失し、以後再建はされませんでした。
回向院にある有名なお墓が「鼠小僧次郎吉」。
歌舞伎や映画などでは義賊(金持ちから金品を盗み貧民に分け与える盗賊)として人気で、
江戸時代の実在の盗賊です。
この鼠小僧の墓石を削って財布などに入れておくと、金回りが良くなる、
利益がするりと入ってくるといわれ、そのため削る石「欠き石」が墓石の前に用意されています。
「欠き石」とそれを削る人々の図
みんな削りまくりです。(私も念の為削ってきましたが・・)
私のお隣にいたご夫婦は、MYスプーン&MY歯ブラシ持参。
スプーンで削り、歯ブラシで集める!心得てる。。。
「欠き石」を削る為の石とブラシも置いてありました。
そして次に向かったのは、「本所松坂町跡」。
両国・本所松坂町といえば、「忠臣蔵」・「赤穂浪士」です。
江戸時代中期、江戸城「松の廊下」で刃傷沙汰がありました。
赤穂藩藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)を切りつけます。
浅野内匠頭は即日切腹。
吉良上野介はお咎めなし。
これを不服とした大石内蔵助(おおいしくらのすけ)率いる赤穂藩浪士47人は
1年9ヶ月後、両国松坂町吉良邸へ討ち入り、吉良の首を挙げ仇討を果たします。
本所松坂町公園にある「吉良邸跡地」。なまこ壁が美しい。
当時の86分の1、30坪ほどが残されています。
中に入ってみると・・・
「吉良公・御首級(みしるし)洗い井戸」
吉良上野介の討取った首を洗った井戸!?
こちらが吉良上野介。
松坂稲荷。
公園内には他にも、吉良家家臣二十士碑・吉良上野介追慕碑などがありました。
「忠臣蔵」ってあまり興味なかったんですが、
こうしてその場所に立ってみると、いろいろ知りたくなってきます。
短い時間の両国散策でしたが、見どころ満載で楽しかった!
また行きたい!!
両国駅周辺を散策-1
江戸東京博物館のついでに、両国駅周辺をちょこっと散策。
両国といえば「相撲」ですが、駅に着いてから気付いた。
ただ今両国国技館で初場所中だ!なんか人が多いと思った。。。
お相撲さんと外国人多し。
相撲は全然詳しくないですが、とりあえず
国技館通りの力士像。
歴代横綱の手形レリーフらしい。
両国国技館の「太鼓櫓」。高さ19m。
ちなみに「両国国技館」の写真は人が多すぎて
屋根しか撮れなかった
気を取り直して、国技館の隣にある
「旧安田庭園」へ。
元禄年間(1688~1704)造営、常陸国笠間(茨城県)藩主の屋敷跡にある庭園です。
庭園からの眺め。
大正15年に建てられた両国公会堂と、中央には「スカイツリー」。
そして駅の南側、両国公園には、
幕末の英雄「勝海舟」生誕の地碑。
父親の実家、男谷家で誕生し青年期までを過ごしたそうです。
普通の児童公園の中にあり、ボール遊びをする子供たちのなか撮影。
近くには「芥川龍之介」の文学碑。代表作の一つ「杜子春」の一説。
両国で幼少年期を過ごしました。
他にも葛飾北斎生誕の地碑や、小林一茶生育の地碑なんかもあるそうで、
偉大な人たちが育った場所です。
次回に続く。。。歴史好きには外せない、両国といえばの、あのお屋敷跡へ。
江戸東京博物館「平清盛」展
行ってきました!東京両国の「江戸東京博物館」、
開催中のNHK大河50年特別展「平清盛」展です。
群馬からだとちょっと遠いですが
世界遺産・厳島神社に伝わる至宝の数々を見られるチャンスですから。
江戸東京博物館は開館時間が17時30分までですが、
土曜日は19時30分まで延長しているので15日の土曜日にいきました。
かなりの混雑
特に最初の方の展示コーナーは黒山の人だかりで結構見るのに時間がかかりました。
今から約900年前、平安時代末期を生きた平清盛の生涯を通して
平氏・源氏、それを取り巻く人々に関わる国宝・重要文化財を多数公開。
特に圧巻だったのは国宝「平家納経」の驚くほどの美しさです。
清盛が平家一門の繁栄を願って厳島神社に奉納した平家納経はまさに絢爛豪華。
金銀箔が散りばめられ、金字や青字で写経し、美しい絵に細部まで豪華な装飾品。
「平氏にあらずんば、人にあらず」と言われる時代の平家の栄華を今に伝えています。
もう一回見に行きたいぐらい感動!
平清盛展に時間をかけ過ぎて、常設展は駆け足で鑑賞しました。
江戸の町のジオラマ、ずっと見てても飽きない。
そして「群馬」を発見!
明治時代前期の「伊香保温泉」。
説明書きによると・・・
伊香保温泉を紹介する外国への土産用写真。
伊香保温泉は石段の両側に木造二階建ての旅館が軒を並べる温泉街で、
現代でも同様の景観を保っている。
明治時代、伊香保は箱根・日光とともに避暑地として知られ
東京・横浜から多くの外国人が訪れた・・・とのこと。
たしかに、今とあまり変わらない石段街の姿。
常設展もまた今度ゆっくり鑑賞したいな。
この日以来、「平家納経」の美しさが頭から離れない日々を送っています。
皇居外苑散策:江戸城1
年末年始の帰省の際、皇居外苑を散策してきました。
行ったのは1月2日で、この日は大手町は箱根駅伝のスタート地点。
更に皇居では皇族の新年一般参賀の日だったので
それらが終わった後に駆け足での散策です。
まずは「桜田門」!
安政7年(1860)この門外で大老井伊直弼が水戸藩脱藩士らに暗殺された
「桜田門外の変」はあまりにも有名です。
桜田門は二重構造となっており、上の写真は外側の「高麗門」(こうらいもん)。
こちらが内側の「渡櫓門」(わたりやぐらもん)です。
皇居前広場から眺める「二重橋」。
石造りのアーチ状の橋は「正門石橋」、その奥に鉄製の「正門鉄橋」があり
橋が2つ架かるから二重橋かと思ったのですが、本来は「正門鉄橋」のことを「二重橋」というそうです。
写真奥は「江戸城伏見櫓」。
宮内庁の通用門として使用されている「坂下門」。
「桔梗門」(ききょうもん)は江戸城を築城した「太田道灌」(おおたどうかん)
の家紋(桔梗)がついていたことからこう呼ばれるようになったと伝えられます。
「巽櫓」(たつみやぐら)、奥は桔梗門。
そして忘れてはいけないのが!
「楠正成」像です。かっこいい。
しかし・・・残念ながら私の中の「楠正成」イメージは
大河ドラマ「太平記」で正成を演じた「武田鉄也」なので・・・全然違う。
濠の向こうに広がるビル群との対比を楽しみながら群馬への帰路につきました。