「みなさま、ハジメマシテで~す!

私は今日からこちらにおじゃまするジェニファーです。

よろしくお見知りおき、くださいませ」

そうなのだ。

リカはネイティブな発音はできないが、それはできる人に頼めばいい。

「こちらはオーストラリアから来てくれた、ジェニファー先生です」

「ジェニファー先生、カッコいい❤」

女性たちは背が高く、中性的な魅力の彼女に見とれている。

 

ジェニファーと咲ちゃん夫婦は息子のノアと一緒に日本で暮らすことにした。

それはまだ幼いノアのためだという。

そのためにジェニファーは観光案内の仕事を始めた。

大阪は海外からのゲストにとっては楽しい町だが、ジェニファーはむしろ歴史的な建造物に興味があり勉強熱心で、年配のゲストに受けがいいと聞いた。

そう。彼女も学ぶ女だ。

後半は勉強そっちのけの、ジェニファーとおしゃべりするフリートークタイムとなってしまったが、それはそれでいい。

「私はカッコいい、好きじゃないです。

かわいい、好きです。私の息子、ノアといいます。

彼はとてもかわいいです」

ジェニファーは自分のスマホの待ち受け画面のノア君をみんなに見せた。

「He is so cute!」

「こんな孫が欲しいわあ」

「旦那さん日本人?ノア君ハーフなん、イケメ~ン!」

 

「リカ先生」

教室の中で唯一の若い女性、ミオさんが声をかけてきた。

彼女はとてもシャイで声が小さい。

2か月前の入会時の面接で、中学校から学校に行けず不登校だったと聞いたが、この教室なら通えそうだと思ってくれたんだろうか、今のところ休まずに来てくれている。

「リカ先生、私英検受けようと思うんです」

「そうなの!うん、私も次は準一級に挑戦するよ、一緒に頑張ろう!」

「でも…私、その、学校とか行けてへんから。

私なんかができるかなあって不安なんです」

「ミオさんなら絶対大丈夫」

かつてジンナイさんから、そしてサッチンから言われた言葉、与えられた力。

今度はリカがお返しする番だ。

 

「ミオさん。

ここにミオさんが来てくれたことで半分は合格したようなもんよ。

学ぶことは力になる。

学ぶことだけが運命を、流れを、自分を変えることができるねん。

何度も繰り返したら難しいと思えることも当たり前のことになるんよ」

「…私、変われるかな。なんもできないしょーもない、こんな私が」

「しょーもなくなんかない。ミオさんはミオさんのまんまでいい」

「...」

ハナさんのことを思い出した。

 

その人は思っている通りになる。

 

「なんもできなくなんてない。これ」

リカは英検三級のテキストのコピーを取り出した。

「ミオさんは特別。これ次回までにやってきてね。

とりあえず、ここからやってみようか」

彼女は頷いた。

その目はまっすぐリカを見つめている。

 

 

 

 

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