ミドリちゃん、ミドリちゃん、ミドリちゃん…。

頭の中が急速にぐるぐる回転しだした。

「やっぱりもう忘れてるよね?

二年生の時に一緒やっただけやから、小学生の」

「いやあ、そうなんや。

二人は一緒の小学校やったんや」

タケが軽く口を挟んできた。

彼女は私の目を見ながら言った。

「あの頃からきいちゃんはすんごい絵が上手やってん。

私キャンディのイラスト沢山書いて貰って、今も宝物にしてるねんよ。

あのきいちゃんやんね?」

あ!

思い出した!

いやむしろなんで忘れてたんやろ。

あの部屋が、あの植木鉢が並ぶ玄関が、ポッキーとかかっぱえびせんとか、

遠くからこっちに迫ってきて、段ボールの茶色からフルカラーになって、

ようやく追いついた。

「ミドリ…変わったなあ」

「あははっ!きいちゃんこそ!」

「ちょ、何二人で。

ほら俺も入れてや、ホットドック用意せなあかんやろ」

タケが慌ててるのが可笑しかった。

 

ミドリとの思わぬ再会。

彼女は普段居酒屋でバイトしてるだけあって客さばきが上手だった。

タケが女の子とお喋りして店番をほったらかしにしてる間も嫌そうな顔もせずニコニコとホットドックを販売していた。

きっとミドリの笑顔のおかげなんやろう、

美人お姉さんのホットドック屋さんは午前中に売り切れ、午後から交替するはずだった後半チームを喜ばせた。

 

タケ。あいつほんまにクズや。

彼女ほったらかしで他の女の子たち連れて消える?

ミドリはさ、あいつのどこがよくて付き合ってるん?

「うーん。付き合ってるとかじゃなくて。

居酒屋のお客さんで声かけてくれて、時々遊びに連れてってくれたり、そんな感じ。

今日も学祭で屋台するけど、怖い女と一緒に店番するから助けてって。

あはは、ひどいねえ」

何なん?最初から手伝わすつもりやったんかい。

呆れるわほんま。

「でもこうしてきいちゃんと会えることができてむっちゃ嬉しいねんけど。

そやからタケちゃんは私にとって天使やわ」

私も嬉しい、ミドリとこうして会えて。

「うそお!全く忘れてたくせに。

でもな。

この前電車で助けてくれたやん?

あん時ほんま嬉しくて、もうなんてカッコイイんやろう思うたよ。

きいちゃんが男やったら間違いなく惚れてたわ」

そうそう。もうタケなんてやめやめ。

私にしとき。

「あははっ!わかった、タケちゃんはやめとく、きいちゃんと付き合うわ」

私の展示物の前にミドリを連れて来た。

畳三畳分のスペースがある。

「あ、これ」

全部段ボールで作った作品。

小さな部屋。

本棚には雑誌が、床にも雑誌の束が幾つも置いてある。

少女のオブジェが二体。

三角座りで雑誌を読む子、雑誌の束の上で絵を描く子。

部屋の四隅には植物の鉢。

「この子が私、絵を描いてる子がきいちゃんやね?」

 

不思議やろ?

この部屋を思い出したくて手探りで造ってん。

この作品を見せたい人がいて、その人のためだけにこれ造ってん。

でもその人だけがどうしても思い出されへんっくて。

私の気持ちがミドリに伝わって、それでこうしてミドリが来てくれたんかなあ。

隣を見た。

彼女は涙を流していた。