あーあ、来るんじゃなかった。
タイムカード押してさっさと帰れば良かった。
ただのバイトだから全然スルー出来たのに、
「柏木さんおごってもらおうよ、焼き肉やで。
うちの会社オジサンばっかりやん。
若い子来たらみんな喜ぶわ」
主任に引っ張られて来てしまった。
しかし、なんでオジサンを喜ばせなあかんのやろ?
よくわからん自慢話なんでここで聞かされる?
好きでもない上司に奢ってもらう焼肉より、一人で食べる納豆ごはんのほうがよっぽど美味しい。
「柏木さんは、もしも明日で寿命が終わるとしたら何食べたい?」
「え?」
「もしもゲーム」
「俺はイタリアンやなあ」
「お前に聞いてないねん」
「ポッキー」
「え?」
「好きな子と食べるポッキー」
「なにそれ。
あ、ポッキーゲーム?
柏木さん、俺とポッキーゲームしよか」
あほか。
スルーしてトイレに行った。
しょーもなあ、このまま帰ろかな。
「あの子愛想ないよね、もっと可愛いバイトの子入れてよ」
そんな声が聞こえてくる。
いやマジでやめたろか、バイト。
しかしなんでポッキーって言葉出たんやろ。
終電に揺られながらそんなことをボーっと考えていた。
昔誰かと食べたんかな。て、誰?
スミレ?ちゃうか。
ばあばはそんなお菓子買ってけえへんし。学校の子かなあ。
あーあ。
明日あのバイト行きたないわあ。
でもまたバイト探すんめんどくさいなあ。
画材高いねんな、そのくらい自分で買いたいし。
美大に入ってから大学の近くのアパートで一人暮らしを始めた。
これ以上仕送りしてもらうん悪いよな、ばあばに。
と。
前の女の人なんかムズムズ、腰を動かして、え?
誰かの手がお尻を触ってる!
その手を掴んで高く持ち上げ言った。
「ここに痴漢がいますよお!はい、僕でえす」
「なんやこの女!痛い痛い」
目のショボショボしたオヤジ、
私より一回り背が低い。
停車するまでその目をじっと見てやった。
ドアが開くと手の力を緩めた、私もそんなやつの手なんて握っていたくないし。
ショボショボオヤジは逃げるように降りてった。
「あの、ありがとうございました」
ん。ああ、いえ。
声の方を見ると、
緩いパーマのロングヘアー、
小柄な優しい笑顔の人だ。
そして、なんだか懐かしい気持ちがした。