Michael Breker『Pilgrimage』 | kumac's Jazz

Michael Breker『Pilgrimage』

 昨日、週末の恒例の行程として立ち寄ったHMVで目にしたマイケル・ブレッカーの遺作『Pilgrimage』。こんなに早く発売されているとは思わなかった。録音は2006年夏、邦題は、『聖地への旅』、メンバーはパット・メセニー、ハービー・ハンコック、ブラッド・メルドー、ジョン・パティトッチ、ジャック・デジェネットという、ほぼいつものなじみのメンバー構成だ『Pilgrimage』という巡礼という意味を持つCDの題名がマイケル・ブレッカーの死後につけらたかどうかは、輸入版を買ったので、作品の情報はほとんどなくわからない。聴いた印象では、収録された曲から選ばれて後で決められ名前のような気がする。そうでなければ、あまりにも悲しすぎる。
 ここでマイケル・ブレッカーは新しいことに挑戦しようという奇をてらったことをしているわけではない。これまで積み重ねてきたサックスによる自己の表現を誠実に極めようとする、とても地道な作業に没頭している。ただし、演奏者全員の気迫が尋常ではないことが、演奏を聴いていて感じる。
 混沌や静寂が入りまざり、表現の多さや、情報という光のまぶしさから自分自身が埋没してしまいそうになる僕らの生活にあって、マイケル・ブレッカーは肉片と化したサックス1本で必死になって自分の存在を掴み取ろうともがいている。そんな雲を掴むような、地平の見えない世界を、休息する安寧の地を拒絶して、自分自身の納得のいく音を追い続ける音楽は、あのコルトレーンでも一瞬しか持続できなかったものだと思う。それを、死と隣り合わせの状況で作り出すことの精神力の強さには、恐れ入って、言葉が出ない。マイケル・ブレッカーはジャズの新しい出来事を作り出したわけではないが、誰もが出せなかった音を出し続けた。
 どの曲も、甲乙つけがたい名演だ。特にジョン・パティトッチのベースは、おぞましいほど、どっしり構え、迫力ある音圧で迫ってくる。メセニーは、情感をきれいに取り去って、一心不乱に音を紡ぎだす。その、フレーズの息の長さやスピード感は最高だ。メルドーは、渾身の力を込めて、鍵盤を叩き割っている。どこか器用な音の甘さは出てこない。デジェネットは、空気のように透明でありながら、必要不可欠な音を、酸素十分な抜けの良い密度で全体の音の空間を支配してくれている。
 kumac自身が、何かと闘って生きてゆこうともがく状況に陥ったときに、この作品を聴くと気力が充満してくるに違いないと確信した作品である。遺作という言葉が似合わない、旅の過程と表現した方が良い作品だ。マイケル・ブレッカーはやっぱりいいね。
 kumacは、さっと聴いた印象では4曲目「Tumbleweed」が一番気持ちよく聴けた。乗りの良さと、メンバー間の掛け合いなどとても楽しい。でも、何回も聴いているうちに他の曲にしても色んな発見をできそうだ。マイケル・ブレッカーのサックスの演奏としては、8曲目「Loose Threads」が壮絶であり、それに呼応したメルドー(渋谷さんの指摘により、本当はハンコックのピアノでした、すみません。)のピアノも真摯な気持ちがなんとなく伝わってきて好きだ。
 kumac的評価 スイング感5 革新性4 歴史的価値5 興奮度5 情感4 合計23点(満点25点)



マイケル・ブレッカー, パット・メセニー, ハービー・ハンコック, ブラッド・メルドー, ジョン・パティトゥッチ, ジャック・ディジョネット
聖地への旅