うちの病院では、とにかく患者さんに

      

 ストレスを与えない、

    

 緊張させない、

   

 病院に来ているという概念を与えない

      

というのを大事にしている。

無痛治療を目指すのはもちろん、トークも大事にするし、

クリニック自体に入るとふわっと香るアロマの香り、

などで患者さんの心をなごませている。(●´ω`●)ゞ


アロマといえば、今度私もアロマ検定1級を今度受けるのだがw

まっいまは関係ないか(また後日)チョキ


結局、はやいうちから我々は「脱白衣」宣言をうちたてた。

高輪クリニック東京はPシャツにチノパンというラフな格好で診療に望んでいるが

高輪クリニック京都では、「やはり京都といえば、こういう感じだろ~」

というのと、武士道を規範としている理事長の考えから、こんな格好になっている。


ちなみに私はとても気に入っている。(-^□^-)音譜

ヒデのブログ

はい、どん!!

 久しぶり!(-^□^-)

かなり更新してなかったけどね

結構見てくれている人がいるみたいなので、

暇があるときに書こうと思う


さて、3月まで大学で研修をやっており、自分なりに

様々な症例をこなした気がする。もちろん、まだまだだがあせる


大学という閉鎖的な空間にすこし嫌気がさし(笑)、外で自分を試してみたいと

思って、大学をでたわけである



新しい職場が年末に決まり、その後ボスの意向で私は分院のある京都に赴任する

こととなった。

スピリチュアルなパワースポットである京都は前々から好きな場所だったので、私としては

願ってもない、いいチャンスだった。音譜


実際に見学に行ったらなんとまあ素晴らしい!!

京都を全くしらない東京の人間が、「京都ってこんな感じ?」というコンセプトで

建てられた診療室はまるで「お茶室」!!


なんて幸せなんでしょう


写真のせるね、待合室と廊下


ヒデのブログ      ヒデのブログ






もう年末ですね~皆さんは来年の目標たてましたか?

風水学的には私には、来年にやりたい新しいことは今年中に決めておくこと

というメッセージが届いていました。

というわけで、私は来年の自分のvisionを具体化しておきました。

その結果、来年4月からの就職先が見つかりました。

かねてからやりたかった、中西結合医療(簡単に言うと東洋医学と西洋医学の融合)

を実践している診療所でした

 得意としているものは、不定愁訴やアレルギー、膠原病みたいです

 「高輪クリニック」というところですので、よかったらgoogleってみて

というわけで、明日から年末年始は家族で台湾進出です。w

台湾の正月ってどんな感じなんでしょ~ね

では、また来年   A Happy new year!!



 そんなデコポンが11月頭から食欲が落ちて、病気っぽくなった…

寒くなりはじめ、急激な季節の変化に体がついてきていないと

思い、数日様子をみることにした。

あまり、様子が変わらないので5日くらいしてから、いつも行っていた

病院につれていった。この病院はうさぎ専門ではなかったが、週3回だけ

うさぎを見れる先生がいらしていたため、うさぎようの抗生剤と食欲増進剤を処方してもらった。


 ちなみに、いままで飼っていたにもかかわらず基礎知識が欠落していたせいか

このとき、うさぎは常にものを食べていないと腸にガスがたまって死んでしまう

ということを初めて知った。


 後々勉強したことにより知ったことであるが、ウサギの腸内は

人間よりも複雑な細菌叢が存在し、バランスを保ちながら細菌と共存している生き物

みたいなのだ。そしてそのバランスを保てる食べ物が「繊維質」

だから、ウサギはしょっちゅう草を食っている。


ウサギが自力で食べる能力がないのなら、こちらが強制的に食べさせるしかないらしく、

11月5日を機に家族でデコポンの強制給餌をすることになり、デコポンの闘病生活がはじまった。

強制でやられるものだから、当然のごとくデコは抵抗しまくりあせる

でもこっちはなんとかして元気にしようと、ネットでウサギについて調べまくり、

時に専門的な文献も読んだり、流動食のメニューを考えるはでいままでで一番

彼と向き合っていた。そして、いっぱい抱っこができる最後の機会だった。


一時は体力は回復するも、一向によくならず、原因もはっきりしないままだった。

闘病生活が2週間もつづいたあるとき、(いま考えると原因をはっきりさせないまま

長い時間をすごしすぎた)、私の直感が

         「やっぱりなんかおかしい、専門病院につれていかなくちゃ」

と訴えた。専門病院は家から1時間40分もかかるのだが、急いでつれていくことになった。


病院では先生たちが丁寧にみてくれ、的確な診断と処置をしてくれたのだが、

 デコも病院についてほっとしたせいか、数分後に急に容態がおかしくなった。

先生はあわてて、ショック死防止の注射と輸液をした。そのときのデコは体力が弱りすぎて

自分の体を自分で支える力も残っていなかった。

 結句これ以上病院ではできることがないということになり、元気になったら飲ませる用の薬をもらい

私は家に帰ることになった。

 帰りの電車の中では気が気ではなく、ずっとデコをなでつづけ、励ましつづけ、いつもみたいに

やんちゃにはしゃぐあいつに戻ってくれることを必死に祈った。

しかし、もはや死にゆくあいつを止める術はなく、数分後私の手のなかで息をひきとった。

 はじめは信じられず、すぐ駅のホームにおり確認したが、デコは既に動かなくなっていた。

いままで一緒にすごしてきた記憶、死ぬ瞬間のデコ、もっと早くに気付いてあげられたら

という後悔の念、様々な思いが巡り、しばらくホームの地べたに座りこんで泣いていた。



動物は非常に慈悲深い。人間の想像を絶するくらいの無償の愛をもっている気がする。

後になってみれば色々なことを理由づけすることもできるし、自分なりの勝手な解釈をする

こともできるが、デコポンが死んでから、残された彼の愛をとても感じた。

 私が小樽に研修いっているころ、家で一人残された母(父は単身赴任中)jに寂しい思いを

させないようにしていたデコポンは私が実家に帰ってきて、お役目を終えたとでも考えたのだろうか… 

 それとも、11月から約3週間闘病生活をつづけていたが、その間私も母も仕事を早く終えて帰宅し

すぐ、デコポンにお薬と流動食を与えていた。仕事中もずっとデコを気にしていた私と母にデコポンは

もう迷惑をかけないように逝ってしまおうと考えたのだろうか…


正直、いまでも「もっとあいつにやれることがあったはずだ」

という後悔があるが、デコポンは私に多くのメッセージを残していった。


彼の死を乗り越えたとき、自分はいまよりもなにか違う存在になっている気がする。

成長しなくてはいけないビックリマーク

                   デコポンのために…

11/22の土曜日、4年間可愛がっていたペットのうさぎが

この世を去ってしまった。名前は「でこぽん」


「ぽん」という響きが可愛く、思いつきでつけた名前だった

4年前、なんか無性にうさぎが飼いたくなり、「うさぎかいたいな~ラブラブ

と思っていたところ、


「うさぎを親戚から譲ってもらえることになったが、自分を飼えないので

だれか欲しい人いませんか」と

当時のクラスメイトからの突然のメーリングリスト


俺は即答!「自分ひきとりたいです」

顔を見に行ったところ、「あ~こいつだ!」と一目ぼれし、うちで飼う事になった。


必然ともいえる出会いをへて、うちに来たでこぽんはやんちゃでやんちゃで

家の方々のコード類をかじるは、俺の教科書をかじるはで家族も大変あせる

でも、かしこをかじるのが彼の仕事(笑)かわいいから許すという親馬鹿ぶり


うさぎはとっても警戒心が強く、近づいてなでようとすれば一目散に逃げてしまう

彼に背中を向けて歩いているときは足元によってくるくせに

振り向くと逃げる(;´Д`)ノおいおいw

でもやっぱり甘えんぼさんだったんだねドキドキ

そんなでこちゃんが大好きでしたラブラブラブラブ

                              つづく



 先週から毎週木曜午前に頭頚部心療外来に見学に行っている。

かつてから、歯科疾患のうち不定愁訴を呈するような症状をもっている患者さんのことを学びたいと思っていたので非常に楽しみだった。

 心療外来にくる患者さんの多くは「口腔異常感・症」という病名が(一応)つけられる。

 ホムンクルスの人形でも分かるように、口腔内というのは神経がひしめきあっている。脳との間に、その神経回路が混線を起こした状態というのがこの病態の特徴とされている。

 先生はこの病態をパソコンを例えていた。

「見た目も話し方も一見普通の患者さん、パソコンでいうと、外見はなにも壊れていないがプログラムやソフトの起動などでなにか調子悪いなという状態」



 そして、この神経回路の混線は抗うつ薬などが非常に有効であるらしい。

それはショートしてしまった回路の働きを一時的にシャットアウトするからであろう。

ずっと遮断しているうちに、新たな回路=側副路ができあがり、患者さんの感覚は元に戻るみたいだ。


 元にもどそうとする力は薬が与えたものではないと私は考える。薬は一時的に障壁に拮抗するだけであり、全てを癒す力は人間本来の力(いのちの力)がそうさせるのだ。


私は、全てのドクターがそういう人間の本来もついのちの力を

世の中に声を大にして伝えて欲しいと願っている。



 このブログをアップするのは2ヶ月ぶりになる。

存在をわすれていたわけではない、ただ東京にもどってからの

日常がめまぐるしくすぎていた


はじめはまた変わった環境に色々と戸惑ったわw

熊澤で教わったことをこっちでも生かせたらいいな



 先日東京国際フォーラムにておこなわれた

インプラント学会にうちの歯科の先生のお供として

参加させていただいた。

なぜお供したかというと、学会発表で使うポスターを僕が

作らせていただいたからだ。

ポスターなど初めて作りました!

初めてのイラストレーターはなかなか手ごわかったぞ


なんと学会参加費は2万円!!(((( ;°Д°))))

普通ならば軽い気持ちで参加はできない金額だw

しかし、幸運にも参加費は病院で負担していただき、研修医身分なのに

「学会」というカッコいいものに出席したわけです

熊澤では大いにそういうものを経験できるのが本当に素晴らしいです。


日本全国からインプラントマニアな先生があつまり、講演、discussionを繰り広げ

皆で溶け合いながら入り混じってきたわけです。


自分で言うのもなんですが、作ったポスターはとても目立っていました。

初めて作ったわりには色彩にだけは気を使ったからだと思います。

どういうポスターが目をひくかなども勉強になったし、なんといっても

研修医でありながら早い段階でそういう学会を体験できたことが

自分の感性を研ぎ澄ませます。

 

いつも通り、感謝をこめて、

「ありがとございます」


小樽に来てから本当に素晴らしい人間に出会う。

まるで、小樽で自分を待っていたかのように定期的に

イベントがあり、そこで偉人たちに出会ってきた。


「必要のない性質は淘汰されていく」というダーウィンの進化論と同じように

「仮に必要がなかったら、ある事象はおきていない」と僕は考えている


それゆえにいままでのことも、事実起こっているということは自然選択的に必然的におきた

と論理的に言えることができる。


まあ、難しい話はさておき、とにかく以前お見せした宮脇昭先生もそうだが、

素晴らしい人に会うことができた。

今回もそんな感じ…福田総理が引退した今さらに貴重なフォト


はいどん!!





 「趣味」はなんですか?

そう聞かれたとき私は

            「ドラム、読書、映画鑑賞」

と基本的に答えるようにしている。

自分の趣味は決して多いほうではないと思うが

世の中では多趣味が美徳とされている気がする。

だからといって大量に列挙できたから善しとされるわけでもないと思うが(≧▽≦)


 うちの院長はマラソンが趣味の一つである。院長は自分の子供達に

「真剣になにかをする背中」を見せるためにマラソンを始めたらしいが、もうかれこれ14年連続で

フルマラソンを完走しているらしい。その継続性と熱意には本当に脱帽だ。

しかも、80歳までに50回完走するという明確な目標まである。(8050運動と言っていたのにはさすがに爆笑した)

夢は50回目のマラソンのときにゴールで力尽きて仏となることだそうだ。

 僕は中学生の頃、死に際について、意味も大してわからず

        「俺は腹上死が夢だ」

な~んてほざいていたが、それとは大違いだw

院長はマラソンを通して、真剣になにかをやっているときの自分の限界というものを

悟ったらしいが、結局趣味も徹底するとそこに哲学が生まれる


僕は、哲学が生まれるまで趣味を徹底すべきだと感じている。やはり何事も

真剣にやったという事実が1回でもあるのとないのとでは、人生のプロセスもリザルトも

大きく異なってくる。

 「趣味」は自分の器、人間性の豊かさを大きくするのに必要な、非常に高尚な手段

なのだ。

 ちなみに、自分もドラムをそれなりに真剣にやった。今ももちろん続けている。

そして、今の夢は歯科医をやりながらもドラムをつづけ、

               80歳でも、ナイトクラブでJazzを演奏する

ということだ