もう秋も終わる頃、朝の永観堂。


晩秋の京都、娘と過ごした一日。


一つ一つの紅葉には、僕も娘も他の人も大概は目もくれず、
そして、気がつけば、もう秋は終わろうとしていました。
昔、ドイツで学生をしている頃、熱心に読んでいた
エーリッヒ・フロムの「持つことではなく、存在すること」
を想い出します。
よく物を見るように。
「持つことでなく、景色や刹那の感覚をその時々に消費する
のではなく、その場にある自分と物とが共存する感覚を
ゆっくりと、ゆっくりと自分の中に取り込んでいくように。」


そんなことを考えた翌日は、一転して秋の陽光輝く黒谷さんの散歩道。
いつも通りかかる、僕と娘の大好きな仏さんの隣で。
「よく物を見るように。」

娘にも僕の真似をさせました。

同じような姿勢をとっても、二人の考えていることはだいぶ違います。
それは、人生の時間が違うから。
