あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
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清水先生のお話ですが、究極の幸せになる方法は、みんなが幸せになることを祈ること、だそうです。よく言われることでもありますけどね。
それは、みんなの中に自分も入っているから。
別に、利他ばかりじゃなくていいんです。それはちょっと…一般人には無理がある。自分も幸せになっていい。というか自分が先ず、幸せにならなきゃ他人の幸せを(深い部分では)願えない。まして分け与えることなんかできない。
でも自分ばかりと思うのは、人間不思議なもので、深層心理でブレーキをかけてしまうんですね。これって不思議ですよね。一説によると、どうやら遺伝子に書き込まれているみたいです。
だから、あたかも自分が含まれてないようなつもりで、でもちゃんと自分も含んでしまっている形で願うのが一番強力なんですって。ちょっと身も蓋もない言い方になっちゃいますが…仕組みとしてはそんな感じだそうです。
個人的には、先に自分の幸せを願おうと、先に他人の幸せを願おうと、順番が違うだけで、最終的にはどっちも願うことになっていくんだと思います。願ってしまうというかね。そうなってるんだと思うんですよね。
不幸を消そうとしても不幸は消えない。争いを止めようとしても争いは止まらない。不調和を解消しようとしても、不調和は解消されないんです。これもよく言われることですが、今回実家で、すごく現実的に腑に落ちた思いがしました。
不幸を消すには幸せを願うこと。争いを止めようと思うなら平和を願うこと。不調和を解消しようと思うなら、調和した状態を願うこと。なんですよね。ホントにそれなんだなって、静かに深く、思ったんですよね。
あと、自分が幸せだと思うことが人にとっては幸せとは限らないように、自分にとって不幸に見える状態も、人にとってはそうでもないかもしれません。自分は自分の頭の中の範疇で考えますから、そうは思えないんですけど。
だから、あるがままで、それぞれにとってはけっこう幸せで、最終的にはうまくいくのかもって、思おうかなって思う今日この頃なんですよね。
※この話、「幸せ」にアレンジしてますが、元々は「豊かさ」「金運」のお話でした。でも結局どんなことも、全ての上位概念は「幸せ」なので。