我が家では、祖父母がしていたが、よぼよぼになるにつれ、私が手伝うようになった。
オヤジなどは
「そんなもん、習わんでもいつでもできる! 見とれ!」
などといきまいて、一回も手伝ったことがないが、絶対に初心者にはムリだ。
仏壇掃除の醍醐味:
・真鍮磨き
・真鍮の色々を並べる
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仏壇には、バリ島の人が踊るときに耳とかにつけているような、金色のシャラシャラした、
飾りのようなものとか、金色のカメとかツルとか、なんとか、いろいろくっついている。
年中、それを飾っておく人もいるのかもしれないが、うちでは、秋に、なんたらという
参りがあって、坊さんが来て読経するので、その時だけ、仏壇を飾る。
ひな人形を飾る時も、難しいなー…、とイライラしたものだ。
お内裏様が左(こっちから見て)なのか右なのか、左だった気がする。
それは、まあどっちでもいいが、三人官女の真ん中は、座っているからわかるが、
左と右のは、どっちがどっちで、手に何を持たせるか。
次の段の五人囃子は、笛とか鼓とか持っているが、何をもって、どこに座るのか?
その下あたりの、じじいは何のためにいるのか。
さらに、「嫁入り道具」的な、タンスとかあんなの、どうやっておくか、さっぱりわからない。
だから、子供の頃でさえ、ひな人形をだしてきて、飾る、というのは
「めんどくせえな…」
と思っていた。
私は大昔に生まれたため、7段くらいある。
( ↑ ものすごい高額なのだが… )
成長するにつれ、
「お母さん、ひな人形出して! ひなあられ食べようよ!」
などと言わなくなった。
もしかして、幼少の頃も言ったことがないかも。
「2月くらいに飾って、4月までにしまわないと、嫁に行き遅れるから早くしまえ!」
などと、ばあさんはうるさかった。
多分、オヤジもおふくろもどうでもよかったのだろう。
5月くらいまで出してあった。
ということで行き遅れたのよね、なんていう話題は阿川佐和子みたいだから、イヤだ。
寒気がする。そんな鉄板トーク。
行き遅れとひな人形の関係なんかどうでもいい!
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要するに、ひな飾りと同じか、それ以上に、仏壇の飾りつけは難しいのだ。
というのが言いたかった。
“飾りつけ”、というか知らないが、ツルカメなどの配置。
しかも、これまた、意味不明なのだが、うちは、仏壇だけは立派なのだ。
もっと立派な仏壇のある家も、この辺りの田舎では見かけたことがあるが、
全国平均より上だと思う。うちの仏壇。
その平均というのは、私の目分量なので、だいたいあたっていると思う。
じいさんご自慢の仏壇。さらに、その中に安置されている仏像が、じいさん最大の自慢なのだ。
理由:
・仏像が絵ではなく立体像だから
・その仏像にいわくがあるから
仏壇の真ん中にお釈迦様(かな)の絵が飾ってある家もあるのだろうが、うちの、というか、
じいさんの仏壇には、木彫りの仏像がある。
私は世の中の進歩についていくため、というかたんに写真がとりたかったので、デジカメを
買って、その仏像の写真をとったので、披露。
自分では、うまく画像がとりこめず、よもぎに聞いたら
「画素数が多すぎるんだよ。(大きすぎるんだよだったかな)圧縮ソフトで小さくしなきゃ」
などと、ハイテクな発言とともに画像をとりこむ作業をしてくれた。
私よりローテクかと思ったら、よもぎ専務、なかなかやるじゃないか。
なんとかjrp?
全然覚えていないが、何かそういうソフトがあるそうだ。
私はデジカメ購入前も購入後も、何回もネットで色々見たが、ピクセルと画素数の違いが、
いつまでたってもわからないので、もう知ろうとするのをやめた。
「あの子たちにもわかる日が来る」
というセリフがわかる人は、絶対に石川県民だ。
他県の人すいません。
『黒川仏壇店』のCMのセリフだ。富山や福井でもやっているのか?不明。
いずれ、私にも「ピクセルと画素数」の違いがわかる日が来る。
あと「画素数と解像度」の違いもわかる日が来る。
気長に待とう。
来なかったら、放っておく。
この仏像のいわれは、
「○○さんが、××した折、なんかがあって、どこかに行って、さらになんかして、
そして、運命のように、じいさんの手に入った!」
といういわれなのだが、内容をすべて忘れてしまった。
しつこく、いわれについて語られたが、私はそれほど仏壇に思い入れがないので、
聞き流していたため、
「とにかく、運命だ!」
というような雰囲気がネットの前の皆さまに伝わればそれでいい。
伝わらなかったら、まあ、それでもいい。
台座のところ(左くらいかな)は、じいさんが5年前くらいに
「こーの、仏さんもー、いっぺん、拭くかいなー」
とか何とか言って、ぶるぶるぶる、と震える手で無理やり仏像を台座ごと持ち上げようとしたら、蓮の花びら(かな)のようなところが一枚とれたか割れたかした。
ばばあ「じいちゃん! そやし余計なことするな、言うたやろ!!」
じじい「いっぺん、仏さん拭くんや!」
ばばあ「もうええ!!」
じじい「いや、わしゃ、ふくんやー!」
などと、ジジババが、ケンカしたあげく、私も
「やめたら?」
とじいさんを説得し、仏さんを持ち上げるのをやめさせた。
当たり前だ。
ちょっと動かしただけで台座が破損したのだから、全部持ち上げて、仏壇から出して、
ゾウキンでごしごしやったら、粉々になってしまう。
写真にしてみたら、なんか、けっこう立派な仏像じゃないか。
(顔がいまいちわからないが、まあ仏像ブログじゃないからいいだろう)
“いわれ”は、今度、聞いてみよう。
「いわれを聞くこと」
を忘れてしまうと思うが。
それで、仏壇とエッセーはひとつも関係ないので、仏壇のお話はぶち切って、次に
エッセーのお話に移る。
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( ↑ 若干つながっている! 仏だけだが… )
私は数日前に、佐野洋子のエッセーを初めて読んで、
「なんて面白いんだ!」
と思い、本屋でさらに別のを買ってしまったのだが、買うか買おうか決めるのに30分くらいかかって、約束に遅刻した。
ちくま文庫は定価だと580円とか680円とかするのだ。
ブックオフの100コーナーにあったならば、200円ですむところ、
580+680=1260円
1060円も多く払わねばならない!
だから迷う。
「ブックオフで買えば1000円浮く。そしたらしばらく財布に千円札が残るんだぞ!
どうするのだ!」
と自分に聞く。
「それより図書館で借りればいいじゃないか」
とも自分に聞く。あるいは
「もしかしたら知り合いで誰か持っているかもしれない。誰かに聞けばいいじゃないか」
と自分に聞く。
自分の自分への解答:
「ブックオフにないかもしれない!」
「図書館にないかもしれない!」
「誰も持っていないに決まっている!」
さらなる質問:
「じゃあ、どうするのだ? 買うのか! 買ったあとで、ブックオフで見かけたら
地団太踏むだろう。図書館にあったら、さらに無料なんだぞ! それでも買うのか!」
解答:
「うーん、うーん。どうしよう。でもないかもしれないし、あっても、全部はないだろうし、
図書館で借りたら読まないかもしれないし、“鉄は熱いうちに打て”と言うから、今買わないと
もう生涯読まないかもしれないし。あ、でもそれはそれでいいのかな…」
「さっさと決めろ―!!」
- 優柔不断術/赤瀬川 原平
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( ↑ なんだこれは。良さそうな題名だ! )
と、私はちくま文庫の棚の前で脂汗を出していた。
今日は失敬なヤツはいなかったが、たまに、そんなふうにうろうろして悩んでいる私の麗しい姿を見た警備員が
「万引きじゃないか? こいつは!!」
という顔して、私に近づいてきたこと、何度もある。
私は本なんか万引きしない!
というか、他のものもしないが。
しかし、未来永劫しない、とは食べ物に関しては言い切れないじゃないか。
月影先生も
「盗み、かっぱらい、何でもしたわ。そう。生きるためにね…」
と若い頃を振り返っていた。
もし、笑えないくらいの貧困に陥って、財布に1円も入ってなくて、誰も恵んでくれなくて、一週間くらい何も食べてなかったら、万引き、してしまうかもしれない。
その時に、金持ちの毛皮とか着ているばばあに
「いくらおにぎり一個でも犯罪です!」
と言われたら、その毛皮をかっぱらって逃げると思う。
売れば、おにぎり100個分くらいになるだろう。
その前につかまるかな?
いっておくけど、万引きを奨励しているわけではないのでお間違えなく。
特に未成年は
「ブログにィ、なんか、万引きしろって書いてあってぇ、だからやった」
などと言うとんでもないヤツがいるかもしれない。
その時は、自分と保護者で責任とれ。
このブログは、知らない人の万引きの責任は一切とりません。
上のように、本屋で本を買う時、日本人が作者の場合、ものすごく迷うのは私だけかな?
外国人が著者の場合、あまり迷わないのに。
考えられる理由2つ:
①ブックオフのせい
日本人作家のものは、ブックオフにずらりと並んでいるため、なんか知らず知らずのうちに
「ブックオフで買えばいい」
あるいは
「定価で買ってどうするの!あんた!」
という心の声に責められる。
ブックオフのせいだ。
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( ↑ 神保町ごと、田舎に引っ越してきてくれればいいのに )
②世界的に見たら、日本は小さい国なので、日本の作家の本はマイナーだ。
たとえば、ドストエフスキーとかホメロスは、世界で有名だから、お金を出しても気にならない。外国文学(岩波文庫とか)を5、6冊いっぺんに買ったら、買い食いが5、6回か7回できるけど、気にならない。あまり迷わず買ってしまう。
「だって、世界で売れてるんだもん!」
ということになる。
が、日本人作家は、日本の中でちょっとくらい有名でも、世界では誰も読んでいない。
「だから、なんとなくそれを定価で買うとソンした気になる」
のだ。
これは、けちくさい意見かな?
「外国文学は翻訳されている。だから読まない。だって、翻訳でしょ?」
といって、外国のものは一切読まない、という女の人はたいてい文学部卒だ。
「やっぱり翻訳されたら元の本じゃなくなる」
と言うけど、あんた原書読めないのに、その“違い”がわかるのか、とそのようなセリフを聞くと毎回思う。
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( ↑ 翻訳といえば柴田元幸 )
あとは、そうだ。
世界で有名な文学というのは、どれもこれも読むのに時間がかかる。
例えば『ユダヤ古代誌』とか。
あんなの図書館で借りて2週間で読むのは無理だ。
だから買って読むのに抵抗がない。
しかし、日本人作家による日本語のエッセーは、小林秀雄のとかじゃなければ、
たいてい1日か2日で終わってしまう。
「ふん。オレは小林秀雄のだって、速読で30分だ」
という速読野郎は無視する。
私には、小林秀雄の文章は難しいので、前に一冊くらい読んだが、ほとんどわからなくて
ぐうぐう寝てしまった。
「いずれ脳みそが成長したら、また読もう!」
と思って、本棚のどこかにある。
いつ成長するのだ?
我が脳みそ。
- モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)/小林 秀雄
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( ……… )
多分、大多数の人は次のようにしている:
①最寄りの図書館で探す。あったら借りる。
②なかったらブックオフ。あったら買う。
③なかったらアマゾンの中古を探す。それでもなかったら定価で買う。
たった、これだけの「くるくる、とんとん、さっさ」くらいのスリー・ステップが、
私にはうまくできない。
( ↑ 吹き出物ごときでものすごいスリーステップ )
まず①でつまづき方:
・図書館に行って別の本を借りてしまう
・図書館に行くのを忘れる
②では以下のことがある:
・ブックオフが遠い。徒歩2分とかにない。
・ブックオフの品ぞろえが悪い。シドニー・シェルダンばっかり売ってる。私も貢献した。
③アマゾンでの躊躇:
・マーケットプレイスで買うと送料がかかる。
送料を込みの中古の値段と定価が5000円くらい差があれば、すぐさま、中古を買えばいいが、差が100円くらいだったならば、
「それだったら定価で新しいの買った方がいいのかな? いや、100円でも安い方が…」
などと迷う。
・本のことを忘れてうまいものを検索してしまう。
と、いろいろなことがないまぜになって、買い物がうまくできない!
となる。
あ~。
買い物はなんというか、疲れる。
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さらに、以前は私は次の三人がうらやましかった。
・ネモ艦長(『海底二万里』に出てくる)
・京極夏彦
・林真理子
理由は、三人とも、蔵書が多いからだ。
私も、自分の書庫のようなものが欲しかった。
いっぱい、いーっぱい本を所有したかった。
たとえ全部読まなくとも。
しかし、地震後、ちょっと変わってしまい、所有欲が減った。
ついでに物欲も減ればよかったのだが、それは減っていない。
食欲はいうまでもない。




