ぼんやりの瓶詰め

ぼんやりの瓶詰め

よもぎ と もあい のぼんやりとした日々。

でしたが、よもぎはこのブログから卒業しました。
もあい一人で勝手なことを書いています。
おもしろブログを目指しています。

Amebaでブログを始めよう!

このブログを始めたとき、私は三十路過ぎだった。

一緒にブログをやっていた友人のよもぎ(実在の人物)も同じである。

 

その時分は

「30というルビコンを超えた!」

と大騒ぎだった。

若かったのだ。

 

我々の定義

 

三十歳 → ルビコンを超える

四十歳 → アマゾンを越える

五十歳 → 海に出る

 

 

私はもうすぐ大海原に出ようとしている。

光陰矢の如し。

 

 

今となってはルビコン(三十路)は若者だ。

アマゾン(不惑)も懐かしい。

我々は二度とは川に戻れぬ海へと漕ぎ出だす。

 

「我々」というのは、よもぎと私は同級生だからである。

まあ、どうでもいいが。

よもぎはここ十年ほど、一ミリもこのブログに登場しないので幽霊ブログ部員だ。

そもそもこのブログも不定期で、ほとんど心の日記に近いので、まあ私も同じようなものだが。

 

■ ■ ■ ■ ◇◇◇  ←写真がないので箸休め的なマーク。

 

私は最近、『おいしい給食』というドラマを観た。

全部観た。

 

それでちょっと自分の子供のころの給食と比較したのだが、たぶん、田舎と関東の給食は違う。

 

 

関東の給食と田舎の給食の違い(私の記憶調べ。多分、間違っていない)

 

・私はソフトメンというものを食べたことがない。あれは関東のものに違いない。

・私は牛乳に甘い粉を入れて飲んだことがない。あれは関東のものに違いない。

・私はコッペパンを食べたことがない。あれは関東のだろう、たぶん。

 

 

そのドラマでは市原隼人君が

「私は給食が好きだ」

という教師なのだが、私は

「ドラマの主役は市川君だよ」

と10話中の7話あたりまで、主役の名前を間違って人に紹介していた。

 

で、コッペパンというのがあんなにでかいパンだ、ということを映像を見るまで私は知らなった。

そういえばスーパーで

「懐かしのコッペパン」

という名前で売っているのを見かけたことがあるのだが、

「何が懐かしいのだろう、こんなでっかいパン」

と私はそのパンを見て思っていた。私が子供時代に給食で食べていたのはドラマに出てきたコッペパンの半分くらいの大きさの丸いパンだったからだ。

しかしあの大きさのコッペパンを、全国各地か関東だけかわからないが、懐かしいと思う人が大多数で、私の子供時代に住んでいたところが僻地でコッペパンの製造技術がなかったのだろうか?

真相はよく知らない。

まあ、知らなくても困らない。

 

 

私は子供のころ、給食が嫌いだった。

だが、そのドラマは面白かった。

だから給食なんかイヤだ、という人も楽しく見ることができる、と思う。

 

家人と一緒にドラマを見て

「こんなおいしそうなもの、私の子供時代の給食になかった!」

と騒いだら、家人に

「あんたの地域の給食は一体、何を出していたのか?」

と言われたが、あまりにも遠い昔のため、今さら給食にクレームをつけても遅すぎる。

 

それと「冷凍ミカン」というのも登場したが、私はそれも見たことがない。

ふつうのみかんだった。

 

だから

「懐かしい! 給食、懐かしい!」

という感想はあまりなかった。そのドラマにおいて。

 

しかし人はノスタルジーを感じなくてもドラマを楽しめる、と思う。

知らないが。

 

 

それからそのドラマではドラマ上の演出か事実かわからないがほとんどすべてのおかずが別々のお皿に乗っていた。(魚フライとキャベツの千切りは同じ皿に乗っていたが)

私の子供時代、2つのおかずが同じ皿に乗っていて、例えば揚げ物が、ドレッシングであえた野菜の汁に浸っていた、とかそのような記憶があるが、なんだろう、給食のおばさん(今なら三十路のお姉さん)がいっぱい皿を洗うのがイヤだったのだろうか。

 

 

それから、ドラマでは毎回毎回パンにバター(かマーガリンかそんなの)がついていたが、実際、私は子供のころ、1年に3回くらいしかパンにジャムがついていなかった、と記憶している。バターなんかなかった。

だから給食のパンは非常にまずいものだった。

 

しかし時は流れ、GHQの目論見通り、中年の女はだいたいパンが好きだ。

とりあえず、私はパンが好きだ。

 

で、パン屋によく行くのだが、ちょっと前、ネットでマリトッツォというパンの写真を見て、

「すごくうまそうだ! 食べたい!」

と思って入手したら、全然おいしくなかった。

インスタには映えたかもしれないが私の希望に映えなかった。

それは生クリームがたっぷりつめてあり、イチゴも入ったパンなのだが、私は一口食べた瞬間に自分が生クリームもイチゴも好きじゃない、ということを思い出したのだ。

 

こんなのに300円以上も出すくらいならコンビニで150円くらいのシュークリームを買った方が良かった…、カスタードクリームの方が良かった…、と激しく後悔した。

 

 

私はイチゴジャムも好きじゃないので、春に

「たくさんイチゴが取れたからイチゴジャムにしました。わけてあげる」

と言われるのがイヤである。

ジャムはブルーベリーがうまいと思う。

 

 

私は今日、「五十歳という海に出る。人間は孤独だ」ということをテーマにブログを書こうと思っていたのだが、まあ、だいたいそんな感じにできたと思う。

 

 

海に出たなら(五十歳を超えたら)、嫌いなものや苦手なものをいちいち人に気を使って食べるのはイヤである、ということで今日は終了したいと思います。

 

フォローしてね…

あまりにも久しぶりにブログを書いたら(3年ぶりくらいかも)、アマゾンの張り付け方が変わっていてわからなかった。

だから『おいしい給食』を知りたい人はグーグルとかなんかで調べて下さい。

今、『北斗の拳』が熱い。
当然、私の中で。
 

『北斗の拳』の中で最も好きなキャラクター、それはサウザーである。
サウザーの
「天帝は、退かぬ、媚びぬ、省みぬ。」
というセリフを私は座右の銘にして生きている。

特に「省みぬ」がすばらしいと思っている。
しかし、ちょっとは省みたらどうだ、ということもあるが、まあいいや。
 

 

 

 

( ↑ やべえ。こんなのあった! 買おうかな…。  )

 

『北斗の拳』の最初の方に、歌舞伎役者のような化粧をした悪者が出てきて、ケンシロウはそいつをやっつけるとき、
「うせろ、くまどり野郎」
と言う。
そこを読んでから、もう私は歌舞伎役者の顔を笑いなしで見ることができない。

ケンシロウが悪者をやっつける時、けっこうひどいセリフを毎回はくので、変なお笑い番組よりよっぽど笑える。

ケンシロウの名セリフ(記憶より)

「うせろ、くまどり野郎」

「悪党にかける情けはない」

「言い忘れたが、三秒後に貴様は死ぬ」
 
記憶に頼っているので創作もあるかもしれない。
 
 
 
ラオウの名セリフ(記憶より抜粋)

「うぬら」

(ラオウへの愛が届かぬからといって自害する女に対して)
「なぜ俺を殺さぬ! 」
殺せるわけがないだろう。
 
ということで『北斗の拳』の感想でした。ネタバレがあったかもしれないが、まあ、いいだろう。新作でもないし。

その他、ここ最近、私のブームは次のものである。

①リヒテルの本、『失われた時を求めて』、李白の本

②化粧

③ゴスロリ

④ADHD

⑤プロファイリング
 
 
 
リヒテルはピアニストのおっさんで、もうこの世にはいないが、有名な人だ。
変な人なので、その人について書かれた本をちまちま読んでいるのだがとっても面白い。
面白いので、全部どんどん読んだらもったいないかなと思って、合間に
『失われた時を求めて』
を再読しはじめた。
 
 
「再読」などというと、読み終えたものをもう一度読む感じが出るが、
「大昔、一回読み始めてさっさと挫折したのをもう一回読み始めた」
というのが正しい言い方である。
マドレーヌを食らうシーンまで読むのに2か月くらいかかった。
なぜなら3行くらい読むと、恐ろしい眠気に襲われるからである。
私は正月に
「2018年中に全13巻読む!」
と新年の抱負を高々を掲げたが、一か月に一冊読んでも1年以上かかるのに、3月現在、まだ1巻の半分も読んでいない。
しかしリヒテルが、
「プルーストはゆっくり読め。むさぼり読んではいけない。少しずつ少しずつ読みたまえ!」
と言っているので、リヒテル的にはオールOKだ。
 

②ゴスロリと③化粧は結びついている。
四十もなかばになろうかという今日この頃、
「ああ! もっと若い時にゴスロリの恰好をして若者ぶって楽しめばよかった! 
もう遅い! しかし、なんかゴスロリっぽいことしてみよう!」
とふと思い立ち、ゴスロリを調べ始めた。

よく考えたら、ゴシック&ロリータの「ゴス」に興味はあるが「ロリ」にはあんまり興味がないのだが、「ゴスロリ」と言ったほうが、なんか雰囲気がある、と私は思う。
 

で、ゴスロリの洋服はどこに売っているのだろう?
と思い、探すとネットに売っていた。
そして、ネットで安いの(高いのはサイフが許さない)を探し購入し、着てみたら結構似合っており、ほくそ笑んだ。

そして
「ゴシックの服には化粧だ!」
と化粧もし始めた。
自分ではビジュアル系ロックバンドのボーカルのつもりでせっせとまぶたや頬に色を塗るのだが、仕上がるとだいたい昼の番組で
「おブスでーす!」
と言っているファッションチェックの人のような顔になる。

その顔でしつこくモノマネをしていたら、その人のモノマネがすごく上手になった。
「ちょいブス~」
などと。
 
④ADHDと⑤プロファイリングについては、次回にする。

長くなってきて、目がつかれたからである。
たまにブログを更新しないと「こいつは生きているのか」と思われしまう。
私は生きている。
ということで、真夜中に眠い目をこすりつつ(早く寝ればいいのに)ブログを更新する。

某田舎でルナシーのライブがあったので行ってきた。
そして、ちかごろくさくさしたことばかりだったせいもあるが、大いなる楽しいイベントだった。
 

 

 


ひとつだけ腹が立ったのは、「ライブ中はスマホの電源をお切りください」と係員が弁当売りの人のように
連呼するので、電源を切った。
そしてライブが終わって電源を入れると留守電が入っていた。
親からの
「電話してくれ」
というメッセージだった。
少し前から高齢の祖父の病状が良くない、と聞かされており、危篤の知らせはいつ入ってもおかしくない、というので、私はライブの余韻もぶっとんでしまって、親やきょうだいに電話したが、どいつもこいつも電話に出ない。
もう病院に集まっていて、全員、電話に出られないのか?
じいさんはもうこの世にいないのか?

と思っていたらようやく親に電話つながり、
「夕飯に、弁当食べるか? 食べるなら取りに来い」
と言われて、私は大噴火した。

じじいが危ないから覚悟をしておけと言ったくせに、何が弁当だ!
じいさんは普通に生きていた。

本当に腹が立つ。
 

 

 

 
 
ということでルナシーライブで私が知ったこと。

①席が会場の半分より前くらいだと良く音が聞こえる。

②老眼が進んだ。

③三半規管も老いた。
 
まず①に関して、私は落語とかクラシックのコンサートなら前の方の席に座ったことがあるが、ルナシーのライブでは、これまで後ろの方の席しかチケットを取れたことがなかった。
だから
「後ろの方の席からはステージがよく見えない。武道館とかだと小豆大くらいにしか見えない」
と思っていつもそれはつまらなかった。
しかし今回、普通に半分より前くらいの席だった。
そしたら、相変わらずリューイチ君の顔とかはあまり見えないが(私は目が悪い)、音がよく聞こえた。

「えっ、ライブって席によってこんなに音の大きさが違うの?」
と私は驚いた。
 

つまりやっぱりコンサートは席が重要である。とりあえず私にとっては。というのが結論の一つ。
 
そして②と③に関しては、本当に本当に心底老化だ。
私は少しアホっぽいので、普段はあんまり自分が中年の気がしないで生きている。
同年代の人が少しずつ枯れていっているのに、私はあんまり枯れていない。
それは見た目ではなく、心の問題であり、同年代の人は着実に大人になっているのに、私はいまだに心はばかな若者みたいに全然枯れていない。
しかしながら、体は着実に枯れていっているのだ!

老眼鏡はまだ持っていないのだが、それは裸眼ならば近くが見えるから、老眼鏡は必要ない、という理由からであった。
 
 

しかし久方ぶりに使い捨てコンタクトをしたら、コンタクトは簡単にはずせない(はずしたら終わりだ)ので、自分の目玉で近くとか遠くに焦点を合わせてコントロールしなければならない。そしたら全然できなかった。
ライブ会場に異常に早くついたので(いつもは約束の時間の一分前か一分後に着く。一分くらい待たせてもよい)、
「本でも読もうかな。待ち時間に」
と思って、本を開くと、コンタクトをした目では、手元の本の文字が全然見えないのだ。
「ええい、なにくそ」
とどうにかして本に目の焦点を合わせ読み始めて、ふと顔を上げると、今度は遠くが全然見えない。
「これからライブを見るのに、本に焦点を合わせていたら舞台が見えなくなる!今日は読書会ではないのだ!」
と本を諦めたため、待ち時間は非常に手持無沙汰だった。

ついでに自分の三半規管が弱ってきているのは、ちょっと前に立体駐車場に車をとめたら目が回ったので知っていたが、さらに恐ろしいことがライブの前に起きた。
私はライブ会場までバスで行ったのだが、バスに乗った時間は10分くらいだった。
 

 

毎日の耳かき 毎日の耳かき
 
Amazon

 


それでバスを降りたらめまいがした。つまりバスの揺れに、私の三半規管が耐えられなかった、ということである。
「市バスごときでめまいがしたら、スペースマウンテンにはもう乗れない!」
ともう二度とディズニーランドに行けないことが判明した。
スペースマウンテンてまだあるのかな?
とりあえず、大昔子供の頃、ハイジのようにブランコに乗ってはしゃいでいたが、もう同じことをやったら命とりだ、というのがわかった。側転とか前転とか、逆立ちもきっと無理だ。

ネットで調べたら
「三半規管を鍛えるのには、後ろ歩きをするか、片足で立って目をつぶれ」
と書いてったので、後者をやってみたら五秒くらいしかできないので、おもしろくないから一回でやめてしまった。

ということで、私は年齢を感じた。
イヤだな、年食うの。

しかし年をとるといいこともある、
とここで、普通、
「年をとったら若いころにわからなかったことがわかる」
とか
「若さより年輪を重ねて得た深くひろい知識」
とか
「しわも人生のあかし!」
とか言わねばならないが、全然そんなことはない。

若いころに見えた2.0の「左、右、左下」が全然見えないし、ぼんやり年ばかり食って全然知識も増えないし、顔がしわしわになって、あれ、顔が汚れている、と思ったらしみだった、ということで全然いいことがない。
 
 

しかし前よりは少し…ええと、年を重ねて若いころよりできるようになったことはなんだろうか…。

- 考え中  -
 
 

そうだ、毎日風呂に入ることができるようになった。

私は子供の頃から風呂に入るのが嫌いだった。
めんどうくさいからだ。
しかし、
「自分がくさいのはどうでもいいが、自分がくさいと人にくさいのがばれる。ばれたら終わりだ!」
というのが大人になったらわかってきたので、だいたい毎日風呂に入って頭を洗っている。

それくらいだなァ。

今でも風呂は嫌いだが、私は大人なので、くさいのがばれたらいけないので、今日もがんばって風呂に入ることにする。
 
オワリ
 
読者登録してね←四十歳を過ぎたくせにまだ気持ちは十代、という老眼の人もどうぞ。
このところ全くブログを更新していなかったので、ブラインドタッチがなまってしまった。
なんか、指が痛い。

運動不足がたたって、指の筋肉まで落ちたか。
 
 
 
私は2017年はテレビをけっこう見た。
それで以前は全く知らなかったお笑い芸人の名前などを覚えた。
しかし、やはりお笑い番組をあまり面白いと思えない。

面白いテレビ番組のランキング(私に聞きました)

①スカパー
②地上波なら、なんでもいいから二時間ドラマ
③地上波の映画

お笑い番組がいっぱいあって、色々な芸人が現れては消え、現れては消えるが、いまだタモリより面白い人が現れない。
私はタモリファンなので、タモリ倶楽部を一年に五回は見る。
少なくとも2017年は五回は見た。
 
 
 
ウーマンラッシュアワーの村本という人が叩かれている。
理由は、テレビの漫才番組で政権批判をしたというのが第一で、次にそのあとで
「朝まで生テレビ」
に出て、無知のくせにわあわあ自分の意見を言った。
というものである。

私は村本という人をそんなに好きでも嫌いでもないが、政権を批判したくらいで番組を減らされるとか、
「朝まで生テレビ」で自由に意見を言ったら、「お前はモノ言うな!」的なことを他の出演者やネットで
わあわあ言われる、というこの国が恐ろしい、と思う。

お笑いの人々というのは権力を皮肉るとか、そういう言動は当たり前であって、それを取り締まるような、
言論統制のようなことをするのはいかがなものか、と私は思う。

ふん、これだからお笑い番組は面白くないのだ。
と私は思う。
 
 

私は家人がテレビをつけていたら、しかたなくそれを見ているが、そうでなければ、テレビなんか捨ててしまってもいいと思っている。
しかしスカパーで見るものがあるので捨てないが。

全然関係ない話に移動します。

私は三が日に大勢に会った。

大勢 = 五人くらい

そして疲れた。
 
なんだろうな。
なんで疲れたのかというと、ランチやお茶が続き、コーヒーを山ほど飲み、あらんかぎりのおしゃべりをし続け、耳が疲れた。
「四十歳を何年も超えたくせに、茶なぞ飲まずに酒を飲め」
と思う人もいるだろうが、四十を過ぎたら、大人(特に女の人)は、そうそう夜に出歩けない。
子どもがいるとか夫がうるさいとか夫のお母さんがもっとうるさい。もう会いたくない、顔も見たくない、とか色々あるからだ。
 
しかも私は酒がそんなに好きでもないし、ビールよりコーヒーでかまわないのだが、お話の内容が年をとるごとにババア化してくる。
 
中年のランチタイムに多い会話

①子供、夫、夫のお母さんの話

②自分のお母さんが夫のお母さんに比べていかにステキかという話

③老眼の話
 
特に③は今、熱い話題である。
「老眼鏡を買う、すなわち年寄りだ。」
という現実を受け入れられずにやせ我慢している中年が多いからだ。
中年を通り越して老年にさしかかっている婆サンでも自分が老眼になったことを認めない人は多い。
これは老眼という名前がいけないのであって、「ブルー病」とかそいうのだったら、ババアもすんなりブルーメガネ(老眼鏡)を受け入れる。
「ブルーバード病」とかであれば、日産のババアも受け入れる。

名前って大切だよね、と村上春樹もどっかの本で書いていたが、確かに大切だ、と思わせる一例である。
 

 

 

 
私はブログの更新をさぼっているあいだ、ときたま本を読んでいた。
そして本屋に行くたびに驚くことが一つある。
それは、森絵都の『みかづき』という本が、まだ平積みのような扱いを受けていることである。

又吉君の『火花』も相当しつこかったが、『みかづき』のしつこさも異常だ。
著者には失礼かと思いますが、『みかづき』はもし無名の人が書いていたら三日で書棚から撤去される本だろう、と私は思う。
三日ってことはないか、一週間かな。

なんであの本があんなにもてはやされているのか全然わからない。
「それはお前の無知のせいだ。森絵都先生に謝れ! ついでに憲法第9条2項も読め!」
と森絵都のファン兼ウーマンラッシュアワーの村本嫌いの人は叫ぶかもしれない。
しかし、私は憲法第9条2項をさっき、ネットで読んだので後半の批判は免れる。

「読むのと理解するのは別だ! さらに解釈論を勉強するのはもっと別だ。勉強しろ!」
とどっかの法学部の教授先生に言われたら、まあ、言われたときに言い訳を考えることにする。
 
 
ということで新年の始まりにふさわしい、友人知人に聞いた話のベスト3を発表する。

第一位  部活は人を成長させる

第二位  黙っているとやられる

第三位  イベリコ豚はうまい
 
一位の意見に、私は真っ向から対立した。
「部活なんか廃止しちまえ!」
とコーヒー屋でがあがあ言った。
もう部活と無関係のお年頃なのでどうでもいいが、部活をやってトクをするのは一部の運動能力の飛びぬけた人と、部活の道具を売る業者だけである。

ほとんどの人は貴重な時間を先輩にどやされ、後輩をいじめ、ばかみたいにでっかい声を出す、ということに費やす。
費やしたあげくに、特に何にもならない。
だから部活なんか(特に団体競技のスポーツ)やらなくてよい。
 
 

第二位の「黙っているとやられる」は、これはどういうことかというと、例えばおとなしそうな人が四十過ぎて独身だとする。
そうすると
「まだ結婚しないの?」
とうるさげなババアが言ってくる。
「したいんですけど、ご縁がなくて…」
などと言うと、ババアはつけあがって、婚活しろとかなぜもっと若い時に結婚しようとしなかったのかとか言ってくる。
あとは結婚していても子供がいない場合、
「あらあ、子供はまだ?」
などということも堂々と言ってくるおそれがある。
これから、そういう時の必勝法を私が教える。
コピペ可。

ババア「あらあ、子どもまだなの?」
花子「うるせえなババア! 産んだらお前が育児費払ってくれるのか!」

と、一撃でやかましいババアを撃退できる。

顔に刺青を入れておけば、もっと効果がある。
 
 

NHKでは絆とか歌の力とかうるさいが、そんなものは幻想だ。
NHKばっかり見ていると頭が悪くなる。
NHKを捨てよう。スカパーを見よう。

ということで今日は「自由とは何か」について十分語ることができたと思う。
 
どくしゃになってね… ← イベリコ豚しか食べない、という人もどうぞ。
私は最近、テレビや映画など、犯罪物を多数見た。
 
多数というのが何個かというと、まあ五~六個であるが、私にしてみれば多数だった。
そして昨今の警察ドラマの視聴者に与えようとしているメッセージや、常識的にその取り調べは変じゃないかとか、あとは犯人像が変である、犯人は最初緻密だったのに最終的に時間の都合(映画の長さ)で考えを変えた、とか色々と犯罪モノについての私なりのプロファイリングをつらつら書こうとしていたのだが、

「あ、その前にひとつだけネットでチェック。楽天のID(仮名)を調べなければ」

と思って自分の楽天のID(仮名)を調べたら、何回やっても出てこず、とうとう真夜中までかかってしまった!
 

 

 

( ↑ なんだかこれのドラマ化だと思う。  )

 

ユースケ・サンタマリアが今野まひるに、夜の11時過ぎくらいに、
「今度三人で飯でも食おう」
と言ってから、一時間たっても私の作業は終わらなかった。
つまり変なIDを探すのに2時間くらいかかってしまったのだ!

ということで、ユースケ・サンタマリアのドラマのことも、WOWOWとどっかのテレビの共同ドラマで
あるところの『犯罪症候群』のことも、小栗旬の映画のカエル男のこととか色々あって、フローチャートまで用意していたのに(頭の中でじりじり用意していた)全く書くことなく今日のブログは終わってしまう。

なぜなら眠いからである。

ブログを書くことは私とって、アロマ的な要素(癒す)があるのだが、アロマは眠気に勝てない。
 
眠いと乏しい集中力がより乏しくなり悲惨になる。
 

 

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( ↑ 狂気不足だと私には思われる小栗旬。 ファンに怒られるかな。  )
 
 

私は少し前に栗原類君の本も読んだのでそれについてもつらつらつらつらいーっぱい書きたいことが
あったのだが、それだって眠気に勝てない。

もう寝よう…。
( ↑ アマゾンで☆二つをつけていた人もいたが、私的に☆は4.5くらいである。  )
 
なぜ☆を5つにせず4.5にしたかというと眠いからだと思う。
 
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