愛鷹山系 黒岳
山神社の駐車場 車は10台ほど。まだまだ置けます。愛鷹山は富士山のもとになる古い火山群。火口の痕跡も二か所あります。鳥居の立つ登山口。山神社にご挨拶して、荒れた杉植林地を抜け、やっと開けて明るくなってきた。稜線が見えてきたころ、行く先に愛鷹山荘が見えてくる。だいぶ老朽化してきたが、まだなんとか過ごせるか。昭和を感じるような、古い山小屋そのまま。稜線に到着。富士見峠。富士山はいまいち見えづらい。黒岳展望地。肝心の富士山は、もう雲に隠れていた。野焼きの煙がすごい。燃えています。燃えています。山頂に到着。やっぱり、富士山は見えず。野焼きの上昇気流に雲が湧く。夏の入道雲のような。三角点例の看板。2020年、95座目と裏に書いてある。いったいいくつ立てたのだろうか。南東側には箱根の山々。大涌谷の噴煙も見える。おやつは、鳩サブレーの豊島屋で買った、鎌倉名物饅頭。いわゆる人形焼。豊島屋HPよりお借りしました。吹き抜ける風は冷たい。あっという間に下りてきた。鳥居の横には「松永塚」という石碑。昭和三年に松永君が遭難死した・・・野焼きが終わった、演習場から見上げる富士山。帰り道、富士山北側の鳴沢から戻る途中。いつもの富士山ビューポイント。旧上九一色村富士ヶ嶺地区。正面奥の木立の中辺りに、オウム真理教のサティアンが点在していた場所。左側に見えるのは寄生火山の二ツ山さらにもう少し下って、富士宮市に入ってから。正面に大沢崩れが豪快に見える。最高峰剣ヶ峰のすぐ裏、真下から崩壊は始まっている。数千年、数万年後には山体崩壊して平らな山になっていくというが。 2月に入った。今日もいい天気。静岡県の中部地方は、1月中に降雨0㎜。12月もいつ降ったかな?というほどで、本当にカラカラだ。 土曜日は一日、鎌倉と江の島を歩いて「お疲れ様」だったのだが、なんと『ツレテケ』は明けて日曜日早番だということで5時には出勤。ご苦労様です。送り出してなんだかんだと家の仕事をして、昨日のブログを書いてもまだ9時だよ(笑)早起きは徳を積みすぎる。せっかくだから、山頂ランチに出かけようか。 先週の続きで、愛鷹山の黒岳へ。越前岳から難所を越えて位牌岳までの縦走ルートを歩いた時に登っている、愛鷹山系の最東端。『愛鷹山縦走コース』山神社の駐車場神社の鳥居をくぐってスタート木立の中の愛鷹山荘富士見峠に着きました黒岳展望地から富士山広々とした黒岳山頂山頂からの富士鋸岳展望台から稜線を見上げ…ameblo.jp2017年11月 難コースを周回なにげにYAMAPのデジタルバッジ『富岳三十六景』の山頂ポイントの一つ。〇〇名山とか、コレクター的な物には興味がなく気にしていなかったのだが、ある日見たらすでに30以上登っていて、あとわずかになっていた。実はすでに登っているのだが、古すぎて登頂ポイントとして認定されなかったのもいくつか。黒岳もその一つ。完全に未踏のピークはあと二つだけになっている。 黒岳は須走の山神社から山頂まで2キロほど。1時間足らずで登れて、普通はここから越前岳などにつなげていくので、単独で登る山ではないだろう。でもピークハントの山頂ランチにはピッタリ。 富士サファリパークや、富士山こどもの国がある十里木高原に向かって走ると、行く先には真っ黒い雲。何だろうな、と思ったら、その先の東富士演習場で野焼きをしているようだ。ススキの丘が真っ赤な炎に包まれている様子が遠くに見える。山神社の駐車場には車が10台ほど。他府県のナンバーの車もあって、富士眺望の愛鷹山系は人気のようだ。10時40分スタート。鳥居をくぐり、神社にご挨拶して登山開始。 沢沿いはなかなか荒れている。杉の植林地帯は倒木も多く、ガラガラの石の道も続く。15分ほど登ると植生が変わり、天然林になる。落葉しているので明るい道になってきた。30分の登りで沢に挟まれた尾根に建つ、愛鷹山荘が見えてきた。個人所有の山荘だが、一般に開放されている。だいぶ老朽化しているが、まだなんとか雨風は凌げそう。昭和の時代の古い山小屋のイメージそのもの。別棟のトイレは朽ち果てて使用不可。 山荘から5分ほどの登りで稜線に出る。富士見峠。右に700mで黒岳。左に向かえば越前岳方面に続く。正面に富士山が見えるので富士見峠なんだが、木がうるさい。以前はもっと見えた気がするのだが。 黒岳に向かって登る。最初は少々急斜面。途中には杉やヒノキの巨木が立ち並び、それぞれに財産区の看板がつけられ、保護樹であると示してある。ひと登りで黒岳展望地。正面が開けてドーンと富士山が見える・・・はずだったのだが、あれあれ?もう隠れてやがる。東側の演習場にはもくもくと煙が上がり、火も見える。 さらにひと登りで山頂へ。直下で下って来る二人連れ。若い女性と、その師匠だろうか、熟年男性。ファストハイクの装備。山頂に着くと、誰もいない。吹き抜ける風は冷たい。ベンチを一つ借りて、ダウンを着込み、ランチの準備。 演習場にはもくもくと煙が上がり、野焼きの炎が上昇気流を作り出すのだろう、煙の上には真夏のような入道雲がもくもくと湧いている。正面に富士山を望む、まさに『富岳三十六景』の一つだったのだが。残念。お湯を作りカップ麺。昨日の鎌倉ではカレーの有名店の前をいくつか通り、中にはすごい行列の店もあった。通るたびにいい香りがあたりに漂い「カレーもいいねえ・・」なんて言いながら歩いて通り過ぎた。というわけで、単純だがカレーヌードルを持ってきた。 おやつには、これも昨日、鎌倉の豊島屋で買ってきた、本店限定商品の鎌倉名物饅頭。いわゆる人形焼。鎌倉の名所、名物をかたどった12個の人形焼が入っている。本店でしか売っていなくて、売り切れ御免なので、なかなかレアな商品らしい。 のんびりしていると、ソロの男性が三人。それぞれ小休止してまた下りて行ってしまった。最後に来た男性はずいぶん身軽で、荷物もショルダーバッグひとつ。 山頂で小一時間をのんびり過ごし、さて、体が冷え切らないうちに下りましょうか。 下りは速い。40分ほどで山神社まで下りてきた。登山口の鳥居の脇には「松永塚」と彫られた大きな石碑が立っている。その横に由緒が書いてあった。石碑の揮毫は作家であり登山家としても黒部峡谷の踏査などで知られる冠松次郎だ。昭和三年に高校生の松永君が友人と愛鷹山系に登っていたところ、山上で地震に遭遇、その後暴風雨にも遭い、当時はまだ道なき位牌岳から鋸岳への山中で力尽きて死亡とのこと。その後、登山道の開削が進んだ契機になったという。今なお、位牌岳と鋸岳の間は通行不可となっているが。 黒岳山頂まで、往復3.6㎞。累積登高366m 行動時間は2時間55分。そのうち1時間15分は休憩。