新宿の会社から帰れず、夜を明かした。
翌日なんとか帰宅して、テレビをつけて初めて惨状を知った。
時間の経過と共に数百人単位で死者行方不明者数は増え続けた。
数字だけを見れば現実味が無いものだと、そう思いたかったけれど、テレビに映し出される破滅的な津波の映像がそれを許してはくれなかった。
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も、発表される死者数と行方不明者数は数百人単位で増えていった。
このまま増え続けて、日本人は死に絶えてしまうんじゃないか。そんなことを考えてしまうほどに、日々報道される死者行方不明者数は増えていった。
もうやめて欲しかった。聞きたくなかった。見たくなかった。気が狂いそうだった。
暖かな部屋で、食べるものにも困らない自分がまるで悪いことをしているように感じた。
少しでも罪悪感から逃げたくて、寄付をした、募金をした、献血をした。
3年後の今日、2014年3月11日午後2時46分。
黙祷をする余裕すらなかった、SD書の内部レビューでPGと喧々諤々やりあっていた。
あれから3年。わたしの生活はもうすっかりいつも通りの日常だ。
毎日毎日忙しくって、あれほどの大惨事を思い出すことすら稀になった。
だけれども、きっと、あれは忘れてはいけないことなんだ。
日常に追われ、思い出すことは滅多に無くとも、きっと忘れちゃいけないんだと思う。
直接被災はしていなくとも、いや、だからこそ。
あの時の、発狂しそうなほどの焦燥感を、これからもずっと忘れないようにしたいと思う。