【原神】ナタPV「名を鋳る燎火」から読み解くキャラクター名の由来【アメリカだけではない?】 | 久印のゲーム雑考

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【注意】後ほど、資料をチェックして記事の修正をする場合があります

 

2024年7月12日、原神公式のYouTubeアカウントにて、第6の国ナタの登場予定と思われる人物たちを描いたイグニッションPV「名を鋳る燎火」が公開されました。

 

 

動画概要欄には登場する11人のキャラクター名とその声優名も表記されています。

この中でファトゥスの「隊長(カピターノ)」は以前の執行官たちの集合を描いたPVで、イアンサは『原神』サービス開始前の予告PV「足跡」ですでに登場していましたが、他の9人は完全に初登場。イアンサも声がついたのは初めてのことなので、「隊長」以外の10人についてはTwitter(現X)の原神公式アカウントで新規紹介されました(ただし、オロルン-CV:近藤隆-については、キャスト発表されていながらPV内ではまったく台詞がないのですが)。

 

というわけで、このキャラクターたちの名前について検証していくことにしましょう。

ただし、ここでは登場順ではなく、(私にとって)わかりやすかった方から分析していくことにします。

(名前のアルファベット表記は Twitter の英語版 Genshin Impact 公式に基づいています)

 

まずはシトラリ Citlali(CV: 田野アサミ、PVでは42秒目から登場)。

Citlali とはナワトル語で「星」のことで、アステカの人名としても使われてきた歴史があります。

現在だと Citlali というジュエリーブランドが複数出てくるのですが、これもどうもメキシコに Citlali Joyas という創業50年以上のブランドがあって、メキシコのネイティブ文化やアステカの伝統に繋がる名前として使われているのがうかがえます。

 

続いてシロネン Xilonen(CV: ファイルーズあい、PV56秒目~)。

ナワトル語で xiloti は「まだ緑の(未熟な)トウモロコシの穂」、xilotzontli は「トウモロコシの房」の意で、Xilonen というのはアステカ神話の豊穣の女神チコメコアトル(Chicomecoatl =「七匹の蛇」の意)の別称です。

 

ちなみに『原神』のシロネンは、このゲームにしばしば登場する獣耳尻尾ありの獣人キャラですが、

この輪の中に点のある模様はジャガーですね。

ジャガーは南米最大の肉食獣であり、マヤやアステカでもしばしばジャガーを象った彫像が見られることから、恐れられ神格化されていたのがうかがえます。

ですからモチーフとしてはこれも納得ですが、豊穣の女神に由来する名のキャラが肉食獣のジャガーというのも逆説的なものではあります。

 

そしてキィニチ Kinich(CV: 杉山紀彰)と「偉大なる聖龍(自称)」クフル・アハウ K'uhul Ajaw(CV: 竹内順子)(PV35秒~)。

左のレトロゲームみたいなドット絵のやつが「偉大なる聖龍(自称)」クフル・アハウです。

 

「アハウ Ajaw」とは「支配者、王、君主」を指すマヤの言葉で、「クフル・アハウ」ならば「聖なる君主」となり、マヤの遺跡にも記載のある称号です。

Kinich はマヤの王の名前として記録がある人名であり、また「キニチ・アハウ」はマヤ神話の太陽神でもあります。

多神教世界では人間と神のハーフや神格化された人間もいますし、古代社会では王や祭祀が「○○神に仕える者」として神名にちなんだ名を名乗るケースもあるので、人名と神名が共通しているのも驚くことではありません。

 

ただ、日本ではバンダイより発売されていたカードゲーム『バトルスピリッツ』で、「導倶の契約神キニチ・アハウ」が登場していたという経緯があります。このゲームをやっていた人ならすでに気づいているのではないでしょうか。

そこらの日本人より日本文化のその元ネタに詳しい HoYoVerse がこれを知っていた可能性は高く、キィニチと聖龍アハウのコンビはやはり名前を繋げるべくして意図されていそうですね。

 

ついでながら、英語版の原神公式では、クフル・アハウは "Almighty Dragonlord (Self-Proclaimed)" K'uhul Ajaw、つまり「全能の龍王(自称)」クフル・アハウとなっていて、「龍王」であることがいっそう明瞭になっています。

 

それからチャスカ Chasca(CV: 甲斐田裕子、PV1分9秒~)。

Chasca というのはそのまま、中米の国エルサルバドルの民間伝承に登場する水の乙女の名前です。

マヤ・アステカ神話と比べてもマイナーなせいか、あまり学術的な資料を入手することができませんでしたが、下記のように人間の娘が変じた(日本的に言うなら「化けて出た」)という民話があるようなので、この地域の人名としてありうる名前なのだと思われます。

Chasca, la virgen del agua(スペイン語ページ)

チャスカは漁師たちの女神である。入植者たちによると、チャスカはバラ・デ・サンティアゴで月夜に現れ、白い舟を漕いでいた。
彼女にはアカイェトルという恋人がいた。その夜は魚が豊富だった。
物語によれば、むかしむかし、パチャクテクという金持ちだが残酷な老人がいた。彼には一人のとても美しい娘がいて、名をチャスカといい、ツトゥヒル族の王子と婚約していた。
ある日、彼女はアカイェトルという容姿端麗で魅力的な漁師と出会い、彼のことをずっと愛するようになった。アカイェトルはサナテ島に住んでいた。けれどもパチャクテクはこの恋に反対した。それでも毎日、太陽が山々のあいだに目を光らせると、彼女はヤツデグワの森の中にある山小屋から逃げ出して、アカイェトルに会いに海岸に行き、小舟の上で甘い恋の歌を歌っていた。
ある清々しい朝、恋人の住む島に着いた時、彼女にはとてもつらい結果になった。彼女はマツの木々をなびかせる風を感じた。ぽつんと一つ、冷たく物悲しげな水たまりがあって、まるで周囲の空気がこの若い娘に向けてこれから起こることを告げているかのようだった。
突然アカイェトルの舟が現れて、海岸に近づいてきた。突然、岸部の草のあいだに隠れていた男がこの漁師に向けて矢を放ち、彼は瞬時に殺されてしまった。殺した男はパチャクテクの刺客だった。
この事件が起こると、乙女チャスカは他には何も考えず、腰に石を括り付けて海に身を投げた。パチャクテクが死ぬと、彼女はアカイェトルと一緒に白い舟に乗って現れるようになった。荒れる海の中、月光に照らされて、羽毛の服を着たチャスカはバラの地の永遠の白い音符となっている。

【10月9日追記】どうもこれはマイナーすぎますし、違う可能性が高いですね。おそらく「チャスカ」の由来はマヤ神話の金星の女神と考えた方が良さそうです。詳細はチャスカの実装予定発表に伴い書いたこちらの記事にて。

 

そしてカチーナ Kachina(CV: 久保ユリカ、PV21秒~)。

Kachina とは北米大陸南西部、アリゾナ州辺りに住むホピ族の信仰する精霊、あるいはその精霊を体現した踊り手のことです。

 

ここまでの(「聖龍」アハウを含めて)6人は、ナタのモデルを南北アメリカ大陸のネイティブ文化とする前回の考察とも一致するものでしたが、残りはモデルの傾向が違ったりして、話がややこしくなってきます。

 

ムアラニ Mualani(CV: 東山奈央、PV14秒~)。

Mualaniというのは、歴史上に実在したハワイの女族長の名前です。

正確な年代記録は存在しませんが、オアフ島の王マウェケ Maweke(おそらく11世紀頃)の曾孫なので、12世紀頃の人物でしょうか。

ハワイです。一気にアメリカ大陸から離れました。

 

そしてイアンサ Iansan(CV: 大橋彩香、PV1分7秒~)

上記のように『原神』サービス開始前から顔見せしていたキャラであり、名前も一見すると人名として普通に見えますが、アルファベット表記では末尾に n がついてイアンサとなっているなど、ありそうでない名前です。

 

これはどうも、西アフリカのヨルバ人の信仰に登場する「オリシャ」の名に由来するのではないか、と言われています。

「オリシャ Orisha」とは精霊あるいは神的な存在で、ヨルバ人の信仰も多神教的世界観なので何百種類といます。そしてそのオリシャの一人「オヤ Ọya」は竜巻や雷鳴、ニジェール川、炎、はては野牛の姿でも現れるとされる広い自然現象をカバーするオリシャですが、その特にブラジルでの異名がヤンサン Yansã あるいはイアンサン Iansã です(ポルトガル語では ã は「アン」の発音なので、Iansan に近くなります)。

オヤは彼女〔このオリシャ〕の一番単純な名前である。これは破滅的な結果を伴う出来事として彼女が通ることを伝える動詞形態である。Ọ-ya はヨルバ語で「彼女は泣いた」を意味する。それで何が起こるのか。彼女を讃える言葉からすでにわかるように、嵐の通過に巻き込まれた巨木は枝を荒々しく振り回す。たぶんその王冠は落ちるだろう。彼女は泣く。川は土手を越えて氾濫する。布は引き裂かれる。防壁は倒れる。乱れた感情は突如として人の心の平和を破壊する。人は敬意のつもりで "Eeepa!" と叫ぶのである。"Eeepa Heyi!"「なんて女神だ!」と。

彼女が他のアフリカの神々と共に渡ったブラジルで、奴隷船に繋がれた崇拝者たちの頭の中では、オヤはどちらかというとヤンサン Yansan として知られていた。これも(またヨルバ語で)「九の母」を意味する。彼女が産んだ子孫たちは、地理学的には、彼女の川〔=ニジェール川〕が海に流れ込む九の河口である。けれどもブラジルはあの塩っぽい煉獄からははるか遠かった。彼女の九人の崇拝者たちは、オヤの支配する謎めいた演劇に参加しているのかと思った。死という幕の後ろで彼女は九人の異常な子を生み出し、その末っ子は奇異な声、奇妙な姿、それに処罰と祝福両方の力を持って私たちの世界に還ってきた。けれども、大西洋のどちらの側でも、九はいつもオヤの数字だった。算術の驚異で、九はどんな数字をかけても、積の各桁を足すと九に戻るのである。これが彼女がはじめてヤンサンと呼ばれるようになった次第についての、私の聞いた説明である。(Judith Gleason, Oya: In Praise of the Goddess, Boston & London: Shambhala, 1987, Introduction)

アメリカ大陸から太平洋をまたいでハワイかと思えば、今度は大西洋を飛び越えてアフリカですので範囲の広さに驚かされます。

ただこうして見ると、確かに黒人奴隷を通してアフリカ文化はアメリカ大陸にまで伝わっているようです。オリシャ信仰もカリブ海のハイチやドミニカ、プエルトリコ、そして南米のブラジルにまでアメリカ大陸でも広くに今なお現存しています。

 

なお、アフリカ系黒人によって建国された国ハイチで、アフリカ人の信仰の影響を受けて独自の発展を遂げたのが呪術とかゾンビ―で有名なヴードゥーです。

そう思うと、イアンサは角のある頭蓋骨を被っています(ナタの世界観的にはおそらく竜の骨なのでしょう)。これは「アフリカの儀式」あるいは「ヴードゥー」の通俗的なイメージを体現している気もしてきます。

 

そしてオロルン Ororon(CV: 近藤隆、PV2分15秒~17秒)。

彼は本当に一瞬映るだけで、キャスト発表されているのに台詞もなく、腕のタトゥーは他のナタ人と共通する意匠であるもののファトゥスの「隊長」のそばにいるなど、謎に満ちています。

何より、日本語版表記は「オロルン」ですが、英語版表記はどう見ても「オロン Ororon」でした。

 

『原神』ファンの間では同じくヨルバ人の神話の最高神「オロルン Ọlọrun」だという説がすでに上がっていますが、日本語では合っているものの英語だと母音だけでなく、 l と r も違います。

もっとも『原神』だと1~2文字違いのもじりは珍しくないので、違うとも言い切れません。英語版では最高神の名ゆえか色々と配慮して改変したものの、日本語だと「オロロン」は北海道のオロロン鳥(ウミガラスのこと)とか、

果ては別の漫画とかとまぎらわしいので、

 

元ネタに近い表記にしたという可能性もあります。

 

それでも彼の名前のみアフリカ由来だったら私としては半信半疑だったところですが、イアンサの例と併せるとある程度の信憑性は出てきますね。

 

そして最後に炎神と目されるマーヴィカ Mavuika(CV: 小松未可子、PV1分29秒~)。

もっともらしくこの名のモデルと見られているのが、ニュージーランドのマオリ人の神話に登場する火の女神マフイカ Mahuika です。

ここで語られる事件の前に

火を所有していたのは、

ひとりマフイカという女であった。

世界中の火は

ことごとくこの女から与えられた。

火はマウイがこの女を欺いて奪い取ったのち、

森の木の中に保存された。

そこから火を放つことができた。
(アントニー・アルパーズ『ニュージーランド神話――マオリの伝承世界―ー』井上英明訳、p. 93)

これもそうなら一字違いの改変ですが、火の女神という点を含めてよく合致しているので可能性は高そうです。

 

【注記】

ネイティブアメリカンは基本的に文字を持たず、持っていたとしても今に伝わっていないか、絵文字のようなもので文法まで反映したものではなかったので、アルファベット綴りは西洋人による音写です。

ナワトル語やケチュア語といった中南米の旧スペイン領地域の言葉は、スペイン語式綴りが基本です。

アハウが Ajaw となるのは典型で、j が「ハ」音なのはスペイン語の特徴です。

と言っても、これまで各国の人たちがそれぞれに転写して書いてきたので、Ahau 表記が出てくることも当然あります。しかし面倒なのでそういう異綴りを併記はしませんでした。『原神』公式もスペイン語綴りに準じているので、ここまではやりやすかったのですが、ややこしいことが起こったらその際併記します。

 


 

● まとめ

こうして整理すると、明らかに特定の神話に登場する神の固有名に由来すると見られるのはオロルンとマーヴィカの2人です。だからこそ少し改変した、とも取れますね。

他は人間が神的なものに転じたにせよ逆に人間が神にちなんで名乗るにせよ、人名でもありうる名前か、あるいは一般名詞です(イアンサは微妙ですが、ブラジルの Yansan はキリスト教の聖人信仰と混ざったりしているので、人間寄りに捉えることもできるでしょう)。

となるとなおのこと、PVでもわずかしか出ておらずポジションも謎に包まれたオロルンの存在が意味深です。

 

そして、モデルはアフリカからアメリカ大陸を挟んでニュージーランドまで広がる可能性が出てきました。

スメールのモデルもインドから中東、エジプトまで広がっていましたが(こちらの詳細はまたの機会に)、それでもこれらの地域は一応地続きだったのに対して、今回は太平洋と大西洋という二大大洋を飛び越えています。

 

 

とはいえ。

『原神』の舞台は「テイワット」という大陸で、完全に海で隔てられた国は島国である「稲妻」(モデルは日本)だけであると明確に設定されています。そしてスメール西部の砂漠がエジプトをモチーフにしていることは、ピラミッドなどを見ればおわかりでしょう。

そこから海を挟まず、つまり大西洋を省略してアメリカ大陸をモチーフとする地域に繋げる以上、そこでエジプト以南のアフリカ文化も混ぜておかしくはないかもしれません。おまけに上記の通り、コロンブス以降は奴隷貿易により多くのアフリカ黒人文化がアメリカ大陸に持ち込まれてもいます。

ついでにやはり多くの異国趣味の人々を引き付けてきた太平洋の島々の要素も取り入れたければ、ここでナタに入れるしかないのも明らかです。7番目の国スネージナヤはロシアがモチーフで、南の島からは遠ざかりますから。

 

なお、ハワイとニュージーランドはともに「ポリネシア」と呼ばれる地域に属します。

マオリ人の神話では、彼らは「ハワイキ Hawaiki」という祖国から来たとされており、これは明らかに「ハワイ Hawaii」と同語源です。

他にも、ポリネシア人の言葉では広く同語源の祖国を指す言葉があることが知られています。

しかも、現在のマオリ人の祖先がニュージーランドにたどり着いたのはおそらく西暦9~10世紀頃。タヒチ辺りから来た彼らの先祖がポリネシアの島々に分散したのは、そう大昔のことではありません。

 

ポリネシアとアメリカ大陸はかなり遠いように思えますが、多少強引に解釈すれば文化的な連続性は見つからないわけではありません。

たとえば言語でも、母音の少なさや一部の文法事項は、ケチュア語などのアメリカ大陸の言語からポリネシアを含むオーストロネシア語族、さらには日本語まで共通したものがあります。

 

あるいは、ふんどしなんかどうでしょうか。

2年ほど前、建築史・文化史家の井上章一氏が『ふんどしニッポン』を上梓しました。

もっぱら明治以降の日本のふんどしの歴史を絵画・写真資料から読み解いた力作です。

 

この本の最後で井上氏は海外にも目を向け、ふんどしは日本だけでなく「台湾、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシア、アメリカ」にまで広がる「グローバル」な原住民文化であったことを指摘しています。

話を広げすぎると日本まで繋がってしまいますけれど、アメリカ大陸まで繋がる環太平洋の文化的連続性というのは、確かにあるのです。

 


【参考文献】

 

 

 

▼ ハワイの族長の系譜に関して(英語)。細かく書かれていますが、19世紀の研究書なので今では情報の更新があるかもしれません。

 

▼ ヨルバ人のオリシャ「オヤ」についての単著(英語)。電子書籍で読めます。