「若狭の家督を左門に譲られたとて、未熟な我らを指導して頂けるのでしょうね。」
「いや、しばらくは幸と旅に出たい。そう思って居ります。」
「若狭の者の長として、また、近江や若狭、丹後に広がる橘の者たちを統べる長として、まだ残って頂かねばなりませぬ。」
「...既に気持ちを固めてある。議論は不要です。それに、主命であっても従いませぬ。」
静かな物言いが、義章を緊張させた。死を義章から賜ろうと変わらぬ-そのような気概が見てとれたからである。
「解りました。明日にでも申して下され。」
「いや、左門には既に呼んであります。この場にて左門には申すつもりです。」
---そのタイミングで、若狭満宇(左門)が満繁の寝所に到着する。
「父上、お呼びにより参上致しました。」
「ご苦労。入ってこい。」
-失礼致す-と中に入ると、主筋の義章がいた。
「殿、父の寝所に何ゆえ?」
「義章様をお呼びしたのも私だ。実はお前に申しておくことがある。」
一呼吸置いて、
「明日以降、朽木谷若狭家の主はそなたとし、私は隠居する。」
「!!」
「かように驚く事か?年をとればいつかは家督を譲らねばならぬ。いつかは黄泉の国へ参らねばならぬゆえな。」
「しかし、未熟なそれがしはでは、橘一族を纏めるは無理でございます。」
「やれる。やらねばならぬ。纏められるだけの力量を持った男だ。」
「承知致しました...。」
厳しい顔の後、優しい父親の顔に戻った満繁に、思わず涙した満宇であった。
「なぜ泣く?」
「父上は、大変厳しく、またお忙しくされていた故、反発もして居りましたが、かように評価されていたことに...。」
「すまなかったな。」
「そう言えば、左門にもう一つ頼みたい。」
「何でございましょう?」
「乙輪丸の元服をしてほしい。」
「承知致しました。父上には、頂戴できる名をお考えですか?」
「うん。四郎満英と。」
通字の入った良い名である。
「全て承知致しました。柾も喜びましょう。」
「頼む。」