ぐうたら同心の次郎だが、流石にこの日だけは、身形を正した。
幕府の天領となった後も、川村脩就という男に採用されたのだ。
奉行所に入った次郎は、同僚同心の朝妻臣兵衛や上司の川島陣三郎に挨拶を済ませた。
「次郎、なぁみてなもん(貴方の様な者)がよく罷めさせらんねかったね(解雇されなかったね)?」
「臣兵衛、要らんことばっかやってっけ(必要のない事ばかりやっているから)、俺の本気知らねんだがね。」
臣兵衛の問い掛けにそう答えた。
無駄足も決して無駄ではなく大切だ、と伝えたいところだが、推理に関しては、次郎の方が優れているため、大きく出られなかった。
「二人とも、黙れ!お奉行のお出ましら。」
川島にたしなめられた。
僅かな時間、沈黙が流れた
そして、床の軋む音と共に、精悍でありながら草臥れた顔の男と、その奥らしき女、そして...昔からの上役、笹木伊右衛門が現れる。
奉行所の二間を開け、与力・同心・岡っ引き(一部)・下っ引き(一部)に至るまでを集め、訓辞をした。
「この度、新潟奉行と就った、川村脩就である。北狄(ロシア)にも備え、民の生活にも目を向けねばならぬ。宜しく頼む。」
川村の慇懃な挨拶の後、隣の女も一言加える。
「川村の妻女、セキでございます。今まで様々なお役目を果たせたは、皆様のお力添えあったればこそ。どうぞ、川村をお助け頂き、新潟の町や近隣のため、お力をお貸しください。」
次郎は、訓辞を聞きながら思った。
-(老中)首座(=水野忠邦)が自由闊達に政が出来るのは、腹心の奥方のお陰だな- と