忘れ得ぬ歌ぱーと415「浜辺の歌」 | 遊遊のブログ

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浜辺の歌

作詞:林古渓
作曲:成田為三

あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も


ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星のかげも


はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すべていえて
浜辺の真砂 まなごいまは


soon1916(大正5)年、東京音楽学校在学中だった成田為三が作曲し、林古渓の詞は、東京音楽学校の雑誌『音楽』に掲載されたもので、一・二番は彼が幼い日に、神奈川県辻堂東海岸付近の浜辺を歩いたときの追憶を歌ったものです。

戦後も色々な方々が歌っていますが、特に安田姉妹や、倍賞千恵子さんの歌が有名ではないでしょうか。

この曲、最初は歌詞が三番までありました。

しかし、作詞者の林古渓自身が気に入らず、自然と歌われなくなり、昭和22年7月「中等音楽(三)」からは、現在の二番までとして、戦後の中学校教材として採用され広まりました。

このブログでは、3番も紹介していますが、1番、2番に比べると、歌詞が難解に感じられます。

(3番の意味)
「はげしい風が,波を吹き上げ
赤い着物のすそは 濡れてしまった
私の病気は なおってきたが
浜辺の砂,いや,私の子どもはどうしているのだろうか」

ちなみに「もとおる」は歩き回ること。
「赤裳」は赤い色の衣服「まなご」は真砂で、細かい砂のことと,最愛の子どもという意味の「愛子」の意味を同時に表しています。

この曲は、歌詞も曲も美しく、釧路の海では歌いませんが、夏の日本海に来ると、ついつい口ずさんでしまいます。

私が釧路に越してきて、近くに病院が建ちましたが、朝と夜の9時に、変形「浜辺の歌」の鐘が鳴っていました。

夜9時の鐘は、子供心に物悲しく聞こえたたものです。


さて、新潟に来て今日で3日経ちました。

暑いわ眠れないわで、仕方なく朝5時前に布団を出て、浜辺をNちゃんと二人で歩くのが日課になりました。

この曲の1番「あした浜辺をさまよえば 昔のことぞぜ忍ばるる…」(夕方歩けば3番)を実感していますが、朝の日本海は、まるで湖の様で、波の音も優しく聴こえます。

間もなく日が変わりますが、砂丘に立つ松の木立が、風に吹かれて子守唄の様です。

しかし暑い!

今夜も寝床で七転八倒しそうです。