「たのしめてるか。」/ 髙橋直也 | 全員サッカーへの、挑戦

全員サッカーへの、挑戦

関西大学サッカー部は
「全員サッカーで日本一」になるために
熱い毎日を送っています。




皆さんこんばんは。

本日ブログを担当させていただきます、

2024シーズンより湘南ベルマーレに加入します、4回生の髙橋直也です。


たくさんの方達の支えがあって夢を叶えられたこと、感謝の気持ちを忘れず頑張りたいと思います。ありがとうございます。



「たのしめてるか。」



どこかで見覚えが?

そうです。

ご存知の方も多いと思いますが、湘南ベルマーレのエンブレムの下に刻まれているこの文字。


このタイトルに惹かれて、ブログを読んでくださっている湘南ベルマーレのファン・サポーターの皆さま、ありがとうございます。

いつもたくさんの応援ありがとうございます。

めっちゃ嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。


より多くの人に、関大サッカー部そして自分のことを知ってもらいたいと思い、このタイトルにしましたが、本文とあまり関係はないです。

ごめんなさい。

でもリツイートやいいね等で拡散していただけると喜びます。笑


でも少しは触れます。



「たのしめてるか。」



この言葉、私は大好きです。


私が今までのサッカー人生で、生きていく中で1番大切にしてきたことです。


そんな言葉が、これから入団するクラブのエンブレムの下に刻まれている。

激アツです。心燃えないわけがない。


これから先どんなに辛くて苦しい時でもこの言葉を自分に問いかけようと思う。


大好きなサッカーを心から楽しみ、見ている方達にも楽しんでもらえるような選手になれるよう頑張ります。



話の切り替え方が凄いけど

そろそろ本題に入ろうと思います。


最後のブログという事で、皆みたいに熱いブログを書きたいなとか、感動する話を書きたいなとか、色々考えてみましたが、そんな文章自分には書けるわけがないので、今までのサッカー人生、自分にしかできなかった経験や思いを書こうかなと思います。



今までのサッカー人生で1度ずつしかない挫折と後悔を交えて書いていきます。


サッカーとの出会いは、幼少期の頃。

父と兄の影響で物心ついた時にはボールを触り始めていたと思う。


小、中はチームの中心選手として活躍することができていたし、ただひたすらにサッカーを楽しんでいた。


高校はガンバユースに入ることができて、そこでもめっちゃ上手い選手たちとサッカーをできることをとても楽しみにしていた。

でも蓋を開けてみると、1学年15人の中での立ち位置は下の方。

学年の中で11人試合に出るメンバーがいた中で自分は試合に出ることさえできなかった。

さらに小、中で攻撃的なポジションだった私は気づけばセンターバックになっていた。


自分のしてきたサッカーを否定された気分になったし、したくないポジションをしないといけないし試合にも出られない、不貞腐れた自分は、本気でサッカーをやめよう、サッカーを嫌いになった時期もあった。


練習中や練習後の帰り道で、気づいたら涙が溢れていたこともあった。

まぁ絶対に誰にも見せなかったけど。



これがサッカー人生で味わった初めての挫折。



だけど、この挫折が自分を成長させてくれたしサッカー人生の転機となった。

悔しい気持ちを原動力に、やりたくないことをいっぱいやったし試合に出るためにたくさん努力をした。


選手としてサッカーをやっていく上で受け止めたくない現実、納得のいかないことなんていっぱい出会うことがあると思う。

でもそんな時、真面目に努力すれば報われるとか綺麗事やしそんなん実際難しい。

だから文句を吐いてでもやり続けたらいい。

やめたら負け。逃げたら負け。

そう自分に言い聞かせて自分はやってきたし、自分を見失わず信じてきた。


リバウンドメンタリティってやつかな?

知らんけど。


最初は苦労したしずっと嫌々でやっていたが、その中でセンターバックとして自分にしか見出せない選手としての価値を見つけれた。

これが今の自分を作っているし、夢を叶えれた大きな分岐点になったのかなと今では思う。


そしたら高校2年の春までBチームでさえ試合に出られなかった自分が、夏にはAチームのスタメンになっていた。


そして、高校2年の9月。

トップチームに2種登録されて、Jリーグのメンバー入りを果たした。


少し前の自分からしたら想像もできないくらいの出来事だったし自分が1番驚いてたのは今でも覚えてる。


この頃からトップチームに昇格するのは自分だと、周りの方からも言われていたし、自分も昇格できるのかなという自信があった。


そんな時に進路のことで強化部の方達との話し合いの場が設けられた。


「自分はプロでなく大学に1度行ってサッカーをしてからプロを目指したいです。」


別に大学に行きたかったわけではない。

ただただ高卒でプロに入りサッカーをする覚悟と自信が自分にはなかった。

弱い自分は夢から逃げてしまった。



これがサッカー人生でした初めての後悔。



あの時、本気でプロを目指していたら今の自分はどうなっていたのかなとか、時々思うことがある。

もう2度とこんな後悔はしたくないと思った。



だからこそ今年、湘南ベルマーレで試合に出るという目の前のチャンスを掴みに行きたかった。


パリ五輪、選手として高いレベルに行くことを視野に入れて考えると、挑戦したい気持ちが強かった。

結果、Jリーグに5試合程出ることができたがチームを勝たせることができなかった。

その期間自分の実力不足をとても実感した。


関大のみんなにはチームを離れて、迷惑をかけたけど、みんなはあたたかく送り出してくれたし応援してくれた。

そして、あたたかく迎え入れてくれてまた一緒に戦うことができた。

本当に感謝の気持ちしかありません。


恥ずかしがり屋やしいつも言わへんけど

みんな大好きです。ありがとう。



湘南から関大に戻ってくる時に心に誓ったことがあります。


「自分が試合に出てチームを勝たせる」


そんな気持ちの中で総理大臣杯直前で怪我してしまった時は、悔しさでいっぱいでした。


日本一を目指してる中で、試合に出れずチームの力になれないもどかしさや自分の無力さに打ちのめされる日々でした。


でもリハビリを頑張れたのも、復帰予定が約3ヶ月から半分の1ヶ月半に早まったのも、色んな人たちの支えがあったのはもちろん、1番はみんなとサッカーをしたいという思いが強かったからです。


あとは、自分が怪我した時のリハビリ組。

復帰に向けて熱い思いをみんな持ってました。

サッカーできないもどかしさがある中、

毎日一緒にふざけ倒して

楽しませてくれてありがとう。


ふうま、きむ、けんすけとは毎日ふざけ倒していっぱい笑ったし超楽しかった。

まさしは真面目にやってたけどたまにはふざけてたかな。

堤は端っこの方で1人で黙々とやっててよいしょしてたし。リハビリ仲間には入れません。


リハビリは辛いはずなのに毎日笑顔が絶えなくて超楽しかったのはみんなのおかげです。

怪我したことは辛かったけどみんなと一緒に復帰に向けて頑張った日々は良い思い出です。

みんなのこれからの活躍に大期待。



そんなみんなとできるサッカーも残り少なくなってきました。ちょっと寂しいな。


インカレ、4試合勝てば優勝。


1試合でも多くみんなと戦って

最後は勝って笑えるように頑張ろう。




自分にしては結構書いたので

もうそろそろ終わりにしときます。


後輩へ


「夢は叶う」


俺が大学4年間、

しんどいとき苦しい時でも信じ続けた言葉です。


プロサッカー選手になるという夢を追い続けている後輩が関大にはたくさんいると思う。


言葉とか行動で引っ張っていけるような先輩じゃなかったけど、これだけはみんなに言いたいです。


どんな時でも自分を信じて、夢を叶えられるように頑張って。自分次第で絶対に夢は叶う。


最後にあと少し一緒にサッカーを楽しもう。



最後に


関西大学での4年間。

今振り返ってみると、みんなとの楽しい思い出しか思い浮かびません。

特に同期のみんなには色々な刺激を貰ったし、

自分の価値観を広げてくれた。

色んな人がいて面白かったし凄いなって思うことも多かった。

みんなと出会えて過ごした日々はかけがえのない宝物です。

本当にありがとう。


「関大にきてよかった。」


今なら自信を持って言えます。

最初は後悔もしていた自分に、そう思わせてくれたみんなに感謝です。

ありがとう。これからもよろしくね。



そして、どんな時も1番のファンでいて支え続けてくれた家族、応援してくれていた友達、今まで出会ったすべての方達。


本当にありがとうございます。

これからもぜひご期待と温かいご声援を。

必ず期待に応えます。


特に両親には、本当に感謝してます。

いつも特に言わないのでこの場を借りて


「ありがとう。」


2人の子として生まれてきて本当に良かった。

楽しくサッカーさせてくれてありがとう。

必ず恩返しします。


拙くまとまりのない文章でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。



次は、生粋の愛媛っ子。坊ちゃん。

ほんまに頭のネジ吹っ飛んでるし

意味わからんこと叫んでるしまじ変子です。



それでも!!!!!!!!!!!



関大には絶対いないといけないあの方です。