拙著を刊行させて頂いた宝島社と言えば、コンビニの雑誌コーナーをファッション誌で彩るイメージが強い。
あえて表現を選べばサブカルチャーを専門に扱う出版社という言い方もできるかもしれない。
私的に好む表現ではないがわかりやすいのでこう表現するが、いわゆる〝半グレ〟モノに関しては、井野編集長も私が原稿を持ち込んだ当初は「専門ではなく、そんなに扱ったこもとない」という話しだった。
井野編集長は宝島社でも暴力団モノを扱う異色の編集者である。
ここから私と井野編集長との編集のための膨大なすり合わせの作業が始まった。
まず、私が持ちこんだ原稿に対して認識のすり合わせ、事実の裏付け、世間一般の人にわかりやすく理解して頂くための表現の書きなおし等々。
私が言うまでもなく世の中は白と黒でくっきりと色分けできる社会ではなく、半グレと言われる関東連合もまた白と黒で色分けできる集団でもない。
「工藤さんは関東連合のメンバーとしてどう考えているのか?」
「いや、私は関東連合に所属していた時代はありますが、今はその活動には参加していません」
「じゃあなんで今回の事件に直接関わっていないにせよ、こんな風に巻き込まれたにしても関わっているんですか?」
「幼馴染だからです」
「・・・」
そんな会話の繰り返しがあった。
暴力団の取材などは何度も行ってきた井野さんだが、関東連合は親分がいて上に話しをつければ話しがつくようなピラミット型の組織ではない。
看板も責任の所在も曖昧な関東連合の集団性については、理解して頂くまでに多少の時間が必要だった。
この〝曖昧な集団性〟という捉えどころの無い関東連合の実態については、その後に私が受けた多くの取材でも記者さんや編集部の方から指摘されたところだ。
私は関東連合を実際よりも矮小化して伝える気もなければ、美化したり誇張したりするつもりもなかった。関東連合を適正なサイズで世の中にお伝えすることが拙著の目的でもある。
こんなふうにして『いびつな絆 関東連合の真実』は生まれた。