逃げよう――男は押入れの方に全力で逃げようとしたが、すぐに「う、動けない?」と狼狽しながら振り返った。明が唇を歪めて笑いながら、男の着物の裾を右足でしっかりと踏みつけている。「糞っ!」と男は吐き捨てると、左腕が大きな(なた)のような形に変わり、明の右足に向かって振り下ろされる。明が左腕で、男の鉈のようになった腕を振り払うと、次の瞬間、何かがぽぉんぽぉんと音を立てて、ゴムボールのように部屋の奥へ飛び跳ねていく。それは男の左手首だった。男の「ぎゃうっ、」という悲鳴が響いた。

 

男は体全体を細く伸ばして玄関の方に向かったが、明の右腕がぐっと伸び男の顎をつかむと、男の顔を,明の顔の目の前まで引き寄せる。汗なのか涙なのだろうか、男の顔はぐっしょりと濡れている。男は、必死で顔を左右に振って明の手から逃れようとするが、びくともしないようで全く動くことができない。荒い息を長く1回ふぅっと吐くと、明は諭すように話かけた。

 

「今まで何人の魂を喰った?その姿なら100人は軽く喰ってきただろう。お前ら魂消しに魂を喰われた人がどうなるか分かるか。文字通り消えてしまうんだ。後生(ごしょう)も、転生も、輪廻もなくなってしまうんだ。」

 

「知らない、それは私のせいではない。」男は掠れた声で答える。