<前回の続き>
数学で見た目で判断して、それで解いたら当たったと喜んでいる生徒に対して…
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感覚での判断はやめろ。感情を殺せ。
これとこれは相似に見えるけど…と思っても、そのまま受け取ってはいけない。果たして本当にそうなのか?と、物事はいちいち証明して判断するんだ。
女子A「出た!証明」
女子S「いちいち証明やってたらメンドクサイ」
まだそのレベルか…。オレにもそういう時代があったナァ。中1の頃がそうだった。花を美しいと思い、子犬をかわいいと思う。感性のままに生きていた。しかしそれでは数学は頑張っても90点しか取れないよ。分からなくてバツなら諦めもつく。しかしやり方が分かっているのに些細なミス…つまり計算ミス、見直しの甘さ、問題文をよく読まない不注意。こういうのでバツはやりきれない。で、オレは中2の夏のあるとき、テストで97点を取った晩、家に帰ってショックのあまり、
女子「97も取ったら嬉しいじゃん!」
嬉しくない。
「嬉しいよ!」
雑魚には分からん。
で、その夜、真っ暗な部屋の中で小一時間体育座りをしていたとき…、悪魔が降りてきたんだ。あの晩のことは忘れられない。
「暗闇で体育座りww」
「悪魔ってナニww」
そのとき悪魔に囁かれた。
「お前は人間の心を持っているからダメなのだ」
「なんだって?」
「感性を捨てなさい。人間をやめるのだ」
「……」
「じゃないと100点は無理だ。あきらめな」
「ク~ッ…分かった!捨てる!オレは人間を捨てる!」
そうしてオレは悪魔と契約を交わし、魂を捨てた(女子爆笑)
それ以降テストで90台は無くなった。しかし同時に人間性も失って人から嫌われる性格になった。お前らも高得点を取りたかったらな、人間らしい感受性を捨ててマシーンになるのだ!
ここでA塚さんから疑問の声。「でもさあ、本当に頭のいい人って性格も良くない
?すべて完璧みたいな」
「ああ、そうだね
3年前のOさんはすごかったぞ。毎回学年1位なのに謙虚でおしとやかで控えめで」
「つまり先生は頭いい人たちの中でも下の人間でさ
」
「シタ!」
「本当にすごい人たちのなりそこないというか、人間の末路というか
」
「なりそこない」
「例えば東大に行く人たちの初期段階みたいな
」
「末路に初期段階
。散々だな!」
クラスが大爆笑に包まれた後は、真剣に数学の解説。
さっき解いた人たちはここが見た目で90度と言ったけど本当にそうなのか?だとしたらここは45度でないといけない。そのためにはここの長さが分かってないといけないから…
と辿って行ったら確かにそうなりました。
「ここまで行って初めて90度だと証明できたけど、今のは帰納的にやったからダメだな。数学は演繹的でなければならないの。結論ありきはない。だってその結論はなんで分かったの?神のお告げか?」
きのう?えんえき?と生徒から声が上がる。
ああそれは知らないか。ならばとそこを教えたあと、話はラマヌジャンからアンドリューワイルズ、可換環から部分分数分解に飛び、社会の国連加盟、日ソ共同声明やその前後のサンフランシスコ平和条約や日韓基本条約、さらには樺太千島やカムチャツカ半島、ベーリング海など、入試には絶対に出ない話に飛び火。
テストに出ない話をするなんて時間の無駄では?と言うなかれ。これこそが私の授業の真骨頂で、能力の高い生徒ほど夢中になって話に聞き入ります。
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名取教室でも同じような話はしますが、完全再現とはいきません。
こちらでは生徒から「帰れまテンないの?」と毎度要求が来ます。なるほど、知的好奇心を満たしたいのね。ではこれでも食らいな!
