授業後、女子A、女子Bに数学を教え終わって再び職員室の椅子にクタッとなっているところに、「先生…」と今度は高1男子が現る。

 

「おお!来てたか!どうした?」

体を伸ばし、中空をぼんやり眺める。

時計が視界に入った。午後10時20分だった。

 

ゲーム脳になっている次男からゲーム機を奪った。今の悩みは長男だ。あいつはどうすれば…。子供たちのことについて思いを馳せる。

 

(あいつはいつになったら本気を出すんだろう…。頭脳だけでいったら今まで見てきた生徒の中でもずば抜けた存在なんだが…。やらない人をやるようにする仕組みをブログで書いてきた。でもあれは子供のそばに誰かがいてこそだ。深夜帰りのシングルファーザーはいったいどうすればいいんだ?

 

あいつは依然として全然勉強をやらない。別にあいつが落ちこぼれて学校を中退してフリーターになっても構わないところまで腹はくくった。女優のMさんのところのようにさえならなければと。しかし…)

 

そのとき目の前の男子が数学の小テストを差し出して申し訳なさそうに言った。「いや~…これ全然分かんないんですよね…。これも、これも、あとこれも…」

 

彼が指さしているところを見た。

 

(絶対値付き二次関数の定数による場合分け問題。レベル的には中の上か。一高では今の時期でこのぐらいの問題は小テストにしてくんのか。これが解ける人はどのくらいいるだろう。100番以内…いや70番くらいまでかな。でも入試で通じるレベル…、すなわち一目でやり方が分かり、5分とかからずに解ける者となったらいったい何人いるだろう。Y田でどうかな…。エリカ様なら一瞬か?いけたら大したもんだけど。W(本人)は…まあ無理だろうな…。関数図形は苦痛で分配法則が楽しい人だもんな(笑)。ウチのやろっ子も絶対無理。やってないからね…。ハァ~…とんでもない才能あるのにな…)

 

「ここでは狭い。向こうに行こう」

私はWと共に広いところへ出ました。

 

「この問題のキモはここにある。で、ここがこうなって…」

 

 

一回の説明では分からない子なので手を変え品を変え説明しました。

「…と、ここまでは分かる?ちなみに二次関数のグラフは平方完成より因数分解の方が速い。数学は速さが大事だから。解けて満足レベルにはなるなよ」

 

「ああ…ハイ」

私の早口について来ようと必死に頭を回す男子。眠いのか何度も目をこすっている。

 

「ただこれは絶対値付きだからここでひっくり返るでしょ。で、さらに変域も考慮するとここで…」

 

Wの顔をちらっと見る。懸命に脳を働かせているのは表情で分かるが、理解には至っていない。経験で分かる。

 

「そもそも絶対値がよく分かっていないんだろう?」

 

「あ…ハハ…ハイ」

 

「やっぱりな!オイオイ、そこからかよ!」と私は笑おうとして飲み込んだ。彼は本当に勉強ができないのだ。茶化してコンプレックスに傷をつけてはいけない。

 

このブログを見ている人は、そんなレベルなのに一高に?と思うのかもしれませんね。でも今の宮城の高校入試は内申点と理社英の暗記力=努力で決まるのです。そしてWはそのどちらも大変優れています。

 

今の入試問題が続く限り、公立高校の合格不合格に数学力の地頭はさほど必要ありません。でも実際に高校に入ってからは違う。数学力=論理的思考能力が不足している人は、入ってから大変な思いをすることになります。

 

 

「この場合はこうなり、このときにはこうなる。だから…」

 

私がイチから説明している間もWは本当に苦しそうでした。理解が追いつかないというよりは体力的な問題で。顔が腫れぼったく、疲れているのは一目瞭然。さらに睡魔が限界まで来ているのか、何度も目をこすっています。それでも不平不満を言わず、姿勢よく私の話にずっと聞き入ることができるのがWの素直で真っすぐなよいところ。

 

ようやくすべての問題の解説が終わって納得してもらったのはまもなく11時になる頃でした。外の車でずっと待っているお母さん、もう終わりましたからね!

 

「よし!終わったな。いや~、もうこんな時間になってしまった…。ところでお前は今日何時に来たんだ?」

 

申し訳ない思いで聞くと、「え~と…9時半です」と彼。

 

「9時半?じゃあまだ1時間ちょっとか。それだけのために来たの?よく来たな!」

 

「これでも帰宅は早い方です。普段はもっとかかります」

 

「そんなに!しかも朝練もあるんでしょ?」

 

「ハイ。毎朝5時に起きて学校に行きます。ちなみに土日は始発に乗るのでもっと早いです。4時台に起きます」

 

「うっわ~…ちょっと引くな…。さすが硬野は違うわ…。で、平日の夜は何時に寝んの?」

 

「帰宅が10時なんで、そこからご飯食べて風呂入って…11時過ぎには寝ますね」

 

「それでも5,6時間しか寝られないよね」

 

「ですね~」

 

「笑って言うけどすごいよね。ほかにそんなにハードな部活あるかな?

 

それにしてもお前は偉いよ。朝5時から夜10時まででしょ?サラリーマンより忙しいよな。な・の・に!こうやって1時間でもいいから吸収しようというね…。頭下がるわホント…。普通だったら疲れた~って言って勉強しないですぐに寝るでしょ。

 

しかもお前は飲み込み悪いっつーか、失礼だけどあんまり勉強ができないよね(生徒、苦笑い)。

 

オレだったら絶対投げ出してるね。『勉強だけがすべてじゃない』とか、『野球漬けの生活だから勉強時間が取れないのはしょうがない』とかなんとか言って絶対逃げる。いや~…、マジでお前を尊敬するよ」

 

なんか…、いろんなことがからだ中を駆け巡り、感動して目にアツいものがこみ上がってきました。

 

イカン!オレは情愛の一切を放棄したのだった。

愛を帯びるなど我が拳には恥辱!

 

私は一つ気になって聞きました。

「部活がハードなのは分かった。お前のようによほど意志が強くない限りふつうは勉強どころではないだろう。ところで硬野にいながら成績いい奴っているのか?」

 

「初めは成績良かった人もいますが…その人も最近では…」

そう言って彼は苦笑いしながら上にあげた右手を斜め下にスライドさせるように動かしました。

 

なるほどね…。まあ中学と違って高校数学は…、というか英語も物理もセンスだけでは無理だからな…。やらないと必然そうなる。

 

「そっか。まあ、オレは勉強も部活もとにかくめいっぱい頑張ることが、お前の将来にきっとつながると思うぞ。頑張ってやり抜けよ。この時間でもいいなら俺はなんぼでも教えっから。いつでも来るがいい」

 

「ハイ!じゃあそうします!」

 

「では打倒、仙台育英!頑張れよ!」

 

「そうですね(笑)ありがとうございました!」