僕が師に巡り逢う以前の話です。我が家に神社の境内に在った為なのか、どうも家の中を"霊道"が通って居たらしく…此の事は後年、稲津先生から教えて頂いたのですが…やけに我が家では霊を垣間見る事が多かった様に思えます。

我が家に泊まりに来た人達は殆ど霊体験と思われる現象を体験する事に成りました。

其の大多数の人は、所謂"霊能者"では無いし、抑(そもそも)"霊能"等と言うものを鼻から信じて居ないか、そんな経験とは無縁に生きて来た人達ばかりでした。

其れが、僕の部屋に泊まると、何等かの奇異な体験をしたものでした。殆どが僕の部屋で起こりましたが、台所と風呂場と僕の部屋を繋ぐ暗い中廊下でも起こりましたし、店の中…美容室を遣っていましたので、店の壁に設えた鏡越しに霊が出たなんて事も有りました。

他には、兵装らしき男性が台所の隅に立って居たり、雑魚寝して居た後輩が、明け方に「あれっ!居ない」と素っ頓狂な声を上げたので、「何だよ」と尋ねると、「先輩の猫がお腹の上で寝ていたんだけど…急に居なく成ったんです」…すると隣で寝ていた奴が「猫ちゃんなら、今俺の方に来てるよ」と…。僕が「今は猫は一匹も飼って無いぞ」と言った途端に「あれ。急に重く無く成った」と隣で「移って来た」と言って居た後輩も素っ頓狂な声を出した…なんて事も有りましたね。

幼い頃は天井の節目が急に大きく成って、何かの眼が見下ろして来たり、寝落ちする寸前に大勢の人の話し声やら、雑踏を往来する足音や擦れ違って物の擦れる音が突然耳に付いて不思議に感じた事が多々有りました。なんせ周りは住宅街で然も神社の境内ですから、況して夜ですので其の様な人混みとか喧騒とは無縁の時間帯です。木々の葉擦れの音や風の渡るザワザワとした、耳慣れた静かな夜の自然界の音ならいざ知らず…です。


後年、師と出逢い、稲津先生や○○教授と出逢って初めて霊学を知り、我が家で起こった不可思議な出来事の答を実感を持って理解出来た訳です。

霊能は人間ならば、全員有している能力に過ぎない事も良く解りました。

そして、主護霊の存在とはどう言う事なのかも、普段から主護霊が何処に寄り添って居てくれるものか、末魂と入れ替わって、末魂として主護霊が立ち居振る舞いをする事が有ると言う事も体験的に得心する事が出来ました。


そして、危急存亡の砌には主護霊は例え霊位が高く無いであろう末魂と雖も…無死の知らせと言う半ば曖昧とも思える手段を取らず、直接"会話"と言う手段を以て連絡を取り合って下さるらしい事も体験上知る事が出来ました。

勿論、体験している最中には其れ処では無くて、必死に恐怖と苦痛から逃れ様としているばかりだし、其の嵐の様な体験が過ぎ去ってからは、「もしかして…」との思いは有っても、断定出来る根拠なんか何処にも無い侭、全ては時間空間の彼方に追い遣っていた訳です。


"正しい霊学"を教えて頂き、自分が生きた全てが霊界と《見える世界である"この世"》との合作に於いて成立していると言う厳然たる事実を、経験した事実を以てより深く理解するに至ったと言う訳です。

我が家が霊道と交錯する位置に在ったと言う事も、其時初めて知りました。何よりも《霊道》なるものが、実在するものである事をです。

どおりで、小さい時分から寝起きして居る愛着溢れる筈の部屋に通じる、僅か中廊下の二メートルばかりが夜の闇に沈むと、何故か通る度に背後がざわついたりした訳です。色々な霊が通過して居たのだなあ…と。今と成っては、懐かしく思います。

一度だけ、稲津先生の言う"死霊"と思える自然霊に襲われた事が有ったのですが、恐らく"其れ"も廊下を通じてこちら側に遣って来たのだったと思えます。何故なら、ギシリ、ズルズル、ギシリ…と廊下を長い着物の裾を引き摺り乍ら、扉も開けずに室内の空気だけをザァッと、まるで扉を開けた様にざわめかせて其れは部屋に入って来ました。


其の時の様子は、以前に朝日ソノラマの"マンガ家恐怖体験 ほんとにあった怖い話⑤"に掲載しましたので、縁が有ったら読んでください。一部人物名と性別だけを変えて有りますが、他は事実ですから。


何故、"自然霊"と言えるのかと言うと、其れは眼の色です。自然霊は皆眼の色が青く輝いています。

当時は、"霊に出会ったら、目を逸らさず睨み返しなさい"と、或る漫画家が雑誌に書いて居たので…霊界漫画の大家であるから、信用していた訳ですが…見詰め返した瞬間に、どう言う訳か瞼が意志に反して閉じて仕舞い、…まぁ、お蔭で憑依されずに済んだのですが。


《邪霊や低級な動物霊とは目を合わしては成らないのです。コップに指紋が付着する様に即座に憑依されて仕舞います》…つまり、あれも主護霊殿が瞼を閉じて下さったと言う事に成ります。。


其の時に、実は主護霊殿と交信する機縁を持ったと後年知って主護霊殿に多いに感謝した訳です。

此の時、何故か僕は自分が正座し乍ら、体に布団越しに乗り掛かり、足先から徐々に侵入して来る霊から逃れ様と足掻いている自分を左肩の側から見下ろすと言う体験をした訳です。

そして危険から回避する方法を学んだのですから。


《主護霊は末魂の左肩の上に居る》と、現在(いま)なら解りますが、当時はそんな霊界の常識も知りませんから、あの不思議な感覚…自分が自分を見下ろして、話し掛けると、話し掛けられた自分が応えると言う、まるで一人が二人で、二人が一人と成って居る様な、他人に説明の仕様が無いと言う妙な、其れでいて、不思議と現実的体感を伴った感覚を思い出しては、長い間、頭を捻ったものです。


又、或る時、大学生の時でしたが、同じクラスの男女数人で当時流行りのジン·バーに行き、調子に乗ってジンをボトルで二本位呑み干し不覚にも記憶が飛んで仕舞い、気が付くと喫茶店に居たのです。其処には女子が二名程付き合ってくれて居たけど、他は帰ったとの事。

もしかして、グデングデンに酔っ払って迷惑を掛けたのでは…と思い、謝り乍ら尋ねてみました。

すると妙な顔で二人は応えてくれたのですが、返って来た返答はとても信じられないものでした。

誰一人として僕が正体を失って居る事に気付いて居なかったと言うのです。

寧ろ、普段よりキチンとして居た…と。

会計の時は纏め役をしたし、歩く態度も寧ろ真面目に、スタスタと歩き、酔って居る素振り等微塵も感じ無かったし、絡んで来る酔っ払いには落ち着いて毅然と酔っ払い共をあしらった…のだそうだ。

喫茶店に入って、始めて「かなり酔ったから少し休ませて…」と言って、一瞬肩に凭れ掛かって目を閉じたら、直ぐに「おっ」と言って置き直った所だよ…と。

僕は「おっ」迄の記憶を無くしていたと言うの゙に…。


「其れはバーで正体を無くして仕舞ったら、辺りにウジャウジャ居る霊達に憑依されるから、押っ取り刀で主護霊さんが表に出て来られたんだよ」と、是も稲津先生から後から知らされたのですが、つまり途中から僕は主護霊と入れ替わって居たと言う事でした。

見た目は何等変わらずに…主護霊だったから良かったけれど、此れが酒を呑みたくて、揉め事を起こしたくて堪らない低級霊に憑依されていても、表からは全部僕の仕業と扱われるのです。

以来、飲む時は用心を欠かせません。自分を見失う事は気を付けねば成らないと言う訳ですね。


霊界を知り、霊の本質を知らせてくれる、まともな霊学を知る事が、実は死後の為と言うより、《如何に生きるか》の助けに成る…と、僕は体験上確信せざる得ないと言う訳です。