もっと一緒に居たかった | 「久保田磨希の巻」久保田磨希オフィシャルブログPowered by Ameba

もっと一緒に居たかった

昨日、大好きな大好きな大杉漣さんの訃報をマネージャーから聞き、


全く信じられず、なんかの間違いでは‼️とニュースを調べまくって、



昨日はテレビ東京の「バイプレイヤーズ」の放送日だったから、大掛かりななんかのドッキリであって欲しいの願いましたが、



訃報は事実なようでした。



漣さんとの思い出がありすぎて、



昨日は目を瞑ると思い出し、全く眠れませんでした。



テレビ朝日系「京都地検の女」の撮影の時は、事務官と事務官見習いという役柄だったのでいつも一緒に居て、


私はまだ0歳の娘を連れての京都入りだったので、


体調や娘のことをいつも気にかけてくださり、


「子供が小さい頃はほとんど仕事がなかったから、送り迎えはぼくがしてたんだ」


とか、


「唯一断った仕事が戦隊モノの悪役で、息子が嫌な思いするからね」


とか、



海外でのサッカーの試合が夜中に放送される日は、
「今日は夜中にサッカー見るんだ。息子が現地に観戦に行ってるから、もしかしたらテレビに映るかも知らないと思ってね」


とか。


漣さんの声が聞こえて来て。


自分のこと「ぼく」っておっしゃるんです。


みんなに優しくて、


緊張してしNG出した若手の俳優さんには、


「分かる分かる、ぼくもそうなっちゃうよ、大丈夫だよ」と声をかけて。


先日、テレビ朝日「相棒」でご一緒した時にも、いつものように優しく、そしていつものように真面目で、


ギリギリまで細かく台詞の確認や練習をされて。


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↓相棒の撮影の時に撮った写真ですが、京都地検の女の名取裕子さんに送ろうということで、こちらの写真は「京都地検の女」の役の時の顔をされてます。
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器用でなくてもいい、真面目にやることは恥ずかしいことではない、と背中を見せてくれたと思ってます。



漣さんとの思い出がありすぎて。


辛すぎますが、漣さんに恥ずかしくないように、今日も稽古を真面目に一生懸命やります。