私的リアリティー論 | 皆様ご機嫌いかがでしょうか 

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【久保田光彦オフィシャルブログ】 

前回ドラマを取り上げたので、勢いでドラマの中のリアリティーということを考えてみたいと思う。題材は映画『SP(セキュリティー・ポリス)野望編』。かなりヒットしているようで、フジと東宝はウハウハでしょう。中身はほぼ予想通り。テレビの続きで、『革命編』への繋ぎである。細かい内容は割愛するが、警視庁警護課の”SP”対体制内にいるテログループとそれを支援する政治家という構図が骨格です。『SP』を観た人に向けてのみ書きますので、あしからず。

まず岡田准一扮する井上薫が、予知能力を持っているという前提は理解しよう。現実にはありえないが、ここを否定したらあらゆるドラマ(特にSF)は成立しない。だから、要人をテロから防いだことはいいでしょう。さて、そのあと犯人追跡となるわけだが、SPが犯人を追いかけることの是非はこのドラマのテーマだからスルーするとして、判らないのは何故井上は横にスペースがあるにもかかわらず、車を何台も飛び越えていこうとするのか。リアリティーから言えば、混雑をもっとしっかりと描写してくれないと、ただ岡田准一にアクションさせるためだけの設定でしかなくなってしまう。人・車で詰まっているようには見えないのだから、あきらかに横を走った方が早い。

これはまだ序の口です。リアリティーから離れてお手盛り感満載になるのが、終盤の官房長官を護衛して、首相官邸まで送り届けるシチュエーションの時である。何故官房長官が一人で官邸に向かうのか。少なくとも秘書がいるだろうし、SPが到着するのを待つでしょう。この下りはまだいいが、住宅街で敵に襲われる場面が問題だ。乱闘の末に、相手が拳銃まで発砲しているにもかかわらず、住宅街が驚くほど静かなんです。いくら未明とはいえ、普通だれか(住民が)気付いて警察呼びますよ。しかもテロ犯を鎮圧したとおもったら、現場(犯人)をそのままにして、徒歩で官房長官を官邸に送り届けようとする(車が使えず)…。”SP”の行動規範は判らないが、まず要人の安全を確保し味方の援護を待つのが常道ではないだろうか。リアリティーを出すなら、”SP”の行動を正当化するために、事前に布石を打たなければダメだ。

さらに第2波・3波のテロ攻撃に遭い、4人いる”SPが”最後は岡田准一一人になる。しかも官邸そばの目抜き通りで、車が大爆発・炎上するが、警察はおろか人っ子一人現れない。政治の中心地ですよ、素っ飛んでくるでしょうに。車が1台も走っていないというのも不自然である。この設定はどう考えても無理です。あり得ないから、荒唐無稽を通り越して、全体が空々しくなる。この手の映画は、人物設定が現実離れしている条件を有しているから、場面設定に拘ってくれないと、感情移入ができない。枝葉から幹を批判することとは、根本的に違います。

続きは次回に。