ある夏の日、もじもじとコーラをねだった。
「不味くても、知らないよ〜」
母は口をすぼめて、まるで酸っぱいものを食べた後のような顔で「頼んでごらん」と言ってイタズラっぽく笑った。
瓶入りのコーラとグラスがテーブルに運ばれ、プチプチと泡立つコーラがグラスに注がれた。口を近づけ香りが匂い立った途端、テーブルを挟んで座った弟の前に置かれたメロンソーダに目が行った。
「やっぱりソーダが良かったかな、変な匂い……」
小さな声で言い、恐るおそるコーラを口に運んだ。
「ま、不味い!」
口の中に苦味が残り、喉といわず鼻といわず頭の中までが’’変な味’’に包まれた。
「飲んでみ」
興味深げにわたしを見ていた弟に、グラスを差し出した。
「やだよ」
弟は、身を仰け反らして笑った。
「飲め!」
わたしの命令に渋々従い、弟はコーラを舐めた。
「なにこれ、コンジスイの味だ!」
歯痛薬「今治水」の味が口中に甦り、コーラの味と絡み合った。
「無理して飲まなくて良いよ」
母が言った。
「大丈夫」
グラスを一気に傾けて飲み干すつもりが、炭酸に拒まれて咽せる。わたしは涙目になりながら、「やっぱり駄目だ」と言って飲むのを諦めた。
「つぼや」を出て家に帰り着くまでの間何度もゲップを出すと、その度にコーラの味が口中に拡がり、いつしかその味は今治水と寸分違わぬ味に思えて来るのだった。
*風邪のせいで口中がスッキリしないものだから、久しぶりにコーラを飲んだら、初めてコーラを飲んだ日の事を思い出した。