はじめての味 | じつはぼくのくぼはつじ

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老いを認める日々のブログ

母親の買物について行く楽しみは、帰路「つぼや」という食堂で食べさせてもらう’’甘味’’にあった。冬は饅頭、回転焼、夏はメロンソーダ、小倉アイス。

ある夏の日、もじもじとコーラをねだった。

「不味くても、知らないよ〜」

母は口をすぼめて、まるで酸っぱいものを食べた後のような顔で「頼んでごらん」と言ってイタズラっぽく笑った。

瓶入りのコーラとグラスがテーブルに運ばれ、プチプチと泡立つコーラがグラスに注がれた。口を近づけ香りが匂い立った途端、テーブルを挟んで座った弟の前に置かれたメロンソーダに目が行った。

「やっぱりソーダが良かったかな、変な匂い……」

小さな声で言い、恐るおそるコーラを口に運んだ。

「ま、不味い!」

口の中に苦味が残り、喉といわず鼻といわず頭の中までが’’変な味’’に包まれた。

「飲んでみ」

興味深げにわたしを見ていた弟に、グラスを差し出した。

「やだよ」

弟は、身を仰け反らして笑った。

「飲め!」

わたしの命令に渋々従い、弟はコーラを舐めた。

「なにこれ、コンジスイの味だ!」

歯痛薬「今治水」の味が口中に甦り、コーラの味と絡み合った。

「無理して飲まなくて良いよ」

母が言った。

「大丈夫」

グラスを一気に傾けて飲み干すつもりが、炭酸に拒まれて咽せる。わたしは涙目になりながら、「やっぱり駄目だ」と言って飲むのを諦めた。

「つぼや」を出て家に帰り着くまでの間何度もゲップを出すと、その度にコーラの味が口中に拡がり、いつしかその味は今治水と寸分違わぬ味に思えて来るのだった。


*風邪のせいで口中がスッキリしないものだから、久しぶりにコーラを飲んだら、初めてコーラを飲んだ日の事を思い出した。