みなさんが成長期や身長や食事について書かれたブログ、熟読してます!

 

なぜ、そんなにも晩熟・早熟に興味があるのか?


と問われれば、それは少女時代の苦い思いが消えないからです。成長期の違いで競技力に違いが出る時期があるのなら、30年前の自分にその事実を教えてあげたい。

 

低学年から競泳の選手養成コースに通い、週5で泳いでいた私は高学年に入った途端、タイムが思うように伸びなくなりました。

 

小学生スイマーが目指すジュニアオリンピックなど、競泳の大会エントリーは満年齢が原則です。早生まれの私は、学年ではひとつ下の女子と同組のレースになることも多かったのですが、5年になると半年ほど生まれが遅い1学年下の選手に歯が立たなくなりました。

 

6年の終わりには、スクールの記録会で同じぐらいの身長の4年生(たぶん4~5月頃の生まれで実際には1年半ぐらい年下)にもあっさりタイムを抜かれ・・・

 

高学年になってみんな一気にタイムを伸ばし始めたのに、なんで自分だけダメなんだろう。

 

泳いでも泳いでもスランプから抜け出せない状況に落ち込み、悩んで悩んで悩んだあげく、私は小学校卒業と同時に競泳を辞める選択をしました。

 

今でも当時を思い出すと涙がでちゃう

…のですが、大人になったいま冷静に考えると、私は典型的な晩熟だったのです。

 

6年時の身長は140センチぐらい。

中学2年ぐらいから急激に伸び始め、中学卒業時に155ぐらい、高校でも伸びて今は163になりました。

 

一般的に女子は男子より早熟で、多くは10歳前後で成長期に入るとされます。私のタイムを追い抜いていった4年女子はわりと標準的と言えるタイミングで成長スパートに入り、身長の伸びとともに記録もぐんと伸びた・・・と考えても不思議ではない。


つまり私は、成長期到来が彼女より3年遅かったと考えられるのです。

 

でも当時、「成長期がまだなんだから記録が伸びなくても仕方ない」「きっと追いつけるよ」と教えてくれる大人は周りにおらず、成長期は個人差があることを知らなかった私は、希望を持てなくなり、自分の可能性を信じることもできませんでした。

 

それでもスポーツは好きだったので、中学では新体操を始めました。その頃は走力も停滞してリレー選手にも選ばれなくなっていたため、瞬発系の競技を諦めて・・・いわば180度の転換です。

 

あのまま競泳を続けていたとして中学以降にタイムが伸びたかはわからないですし、最終身長も160を超えたぐらいでは全国レベルの成績は厳しかったかも。でも知識があったら、希望を持ち続けていたら、別の競技人生があったかも。心残りは今も消えません。

 

せめて息子たちには同じ思いをさせたくないと、栄養や身体のことを調べ始め、先輩パパママの経験談を読みあさり・・・。私が晩熟なんだから(夫も似たような感じだし)息子もそうだよね?・・・と晩熟少年を育てる心の準備をしていたら、

 

当の息子は晩熟じゃなかったよ!

・・・って汗かいてるのが今の状況です。

 

晩熟だと思いこみ、進路選択では試合に出られず悩むかもしれない強豪よりも経験を積めそうなジュニアユースに進むことを重視したのですが、ちょっと違った・・・かも。

 

ま、いっか・・・家から近いし無理なく通えそうだし友人もできたみたいだし本人が選んだチームだし・・・

 

スパートが始まっちゃったものは仕方ないので、今夜からじゃがいも料理を増やしたいと思います先輩!(伝わるかな?)

 

・・・結局のところ大切なのは、

晩熟でも早熟でも、周囲の大人が目先の結果だけにこだわらず、個々にあった育成方針を考えていくことなんじゃないか、という思いに至りました。

 

そのためにはサッカーの指導者だけでなく、最も近くにいる両親も知識を持つことが必要と感じます。みんな同じ成長曲線をたどるはずがなく、個性もひとりひとり違うのに、コーチが何十人もいる選手全員に寄り添った指導を徹底するって難しいですもの。

 

そんな思いで放置していたブログを復活し、サッカー少年を育成する方々と様々な意見を交換したいなと思っています。

 

サッカー少年が進路を選ぶ上で避けて通れないのは、身体的な個人差が大きい時期と、ジュニアユースのセレクションに挑む時期が重なることです。

 

そしてその肝心なセレクションは近年、どんどん時期が早まる傾向にあることをご存知でしょうか。


次回はこの「選別の時期」を考えます。