ワクチンと松の葉 〜自分さえ良ければいいというエゴをどう乗り超えるか?〜 -8ページ目

ワクチンと松の葉 〜自分さえ良ければいいというエゴをどう乗り超えるか?〜

「ワクチン」とは、支配、搾取、詐欺、依存、保身の象徴。
「松の葉」とは、愛、癒し、自由、喜び、信頼、希望の象徴。
今までのエゴ的な価値観を全てひっくり返し、この5次元の地球をいかに生きるかを、今起きていることから考えたい。

 

 

 

自分のことだけしか見ていないと、

 

自分の中のエゴが、ただ単に好き勝手をやって、

 

それでおしまいにしていることを、

 

自分では、理解することができません。

 

 

 

 

私は、エゴについて、またまた、感じるところがありました。

 

 

この世の中の人間は、全員が一番深いところでは、

 

エゴに止まっているのですが、

 

そのことを普段は自覚できず、

 

その限りで全員が、深く深〜く、

 

エゴイストだったということです。

 

 

 

誰もがいや〜なエゴを抱えている?

 

 

でも、こんな話をしても、

 

聞きたい人なんて、誰もいないと思います。

 

 

昔、社内のパーティーで、

 

みんなが集まっているその場に、

 

私が行って話したとき、

 

私が発するオーラの暗〜さに、

 

みんなが私に、何か一言構ってくれた後、

 

さぁーっと、散っていってしまったようなものです。笑

 

 

(そのことの意味は、今では私は、わかってしまいましたが)

 

 

このことから、目をそらす訳にはいかないので、

 

自分と人の中にあるエゴを見つめて、

 

一度記してみる他はないです。

 

 

 

世の中のすべての人は、私を含めてみな、

 

エゴを隠し持っています。

 

 

そのエゴは、普段は表に出ず、

 

人は周りに対して、温厚に振る舞います。

 

 

しかしながら、自分の生活を突き詰めていくと、

 

核となるところで、

 

空け渡せないもの、譲れないものが、護っているものが、

 

露呈してきます。

 

 

そんなの当たり前じゃん、そう言われるかもしれません。

 

 

それはその通りです。

 

 

しかし、その醜さからは、人は目を逸らします。

 

見たくないのです。

 

 

それはなぜ醜いか? 

 

 

それは人前には出せず、

 

隠していなければならない「恥部」だから? 

 

 

普段は隠されているのに、誰もが抱えている・・・

 

 

自分をかわいがるのは当たり前だけど、

 

それは人には伏せておきたい・・・

 

 

もろに自分の欲望に関わり、

 

人にはいいたくない・・・

 

 

お金と性に絡み、

 

人にはさらしたくない、

 

ギラギラした欲望だから?

 

 

(だんだん近づいてきました)

 

 

この二つが、人間の行動の大部分を、

 

支配していますよね。

 

 

これってもろ、エゴでしたよね。

 

 

その欲望で、人は動き回りますよね。

 

 

だから、人類全員、エゴを抱え、

 

エゴで動き回るっていう事です。

 

 

普通隠してはいますが、

 

朝起きた時や夜寝る前などに、

 

このエゴを秘かに自覚すると、

 

自分の中から今も、

 

エゴが湧いているのがわかります。

 

 

 

今も自分の中で湧いてくるエゴは、

 

お金と性にかかわるものです。

 

 

お金が回らないと困る。

 

今日は良くても、明日は、1週間後には、1ヵ月後には、

 

やっていけなくなる。

 

どうしよう? 

 

グルジ〜〜〜。

 

 

(お金をどうしても抱え込みたい、政府の官僚の方々も、

 

心底では、これと同じ不安を抱えているのでしょうか?)

 

 

性の思いが湧いてくる。

 

満たしたいけど、満たされない。

 

ド〜しよ〜??????

 

 

 

それに、

 

お腹が空いたら、何もできないよ〜。

 

空腹は消えないし、いつまでも我慢できないよ〜。

 

 

暑いときも、寒いときも、それで頭が一杯で、

 

何もできなくなる。

 

身体も心も動かない。

 

 

眠たいと、何もできない。

 

人と会っていても、会議の席でも、

 

いねむりしたい〜。

 

 

歯が痛いと、お腹が痛いと、

 

膝が痛いと、体中が痛いと、

 

何も考えられず、じっとしていられない。

 

眠ることさえ、できない!

 

 

(これは生老病死の苦でしたね)

 

 

 

これ、人前に出すようなレベルのことではないけど、

 

誰もが抱えているものでしたね。

 

 

エゴってこういうことだと、

 

わかっている必要がありましたね。

 

 

自分がお金や性で暗くなっていたら、

 

(悩んで心が暗く、落ち込んでしまったとしたら)、

 

それはエゴの中でもがく、出口無しの想念でしたね。

 

 

明るさをまったく失っているのですね。

 

 

人から見たら、とても不審で、

 

嫌われたり煙たがられたり、

 

いじめられたりする対象になりますよね。

 

 

誰にもあることなのに。

 

 

でもその波動は嫌われる。

 

 

(そんなの、自分で乗り越えろよ。見たくないよ)

 

 

そう言われてしまいますよね。

 

 

誰もが自分の中にあるのだけれど、

 

触れたくないから、

 

そういう反応になるのではないですか?

 

 

(暗いのなんて、見たくないよ。あっち行けよ)

 

 

これが醜いエゴの正体なんでしたね。

 

 

いじめる側、いじめられる側、

 

どっちにとってもです。

 

 

だから、ここをそのままにして置いておいて、

 

エゴを超えたとはいえないのでしたよね。

 

 

これが、パーティーで私が、

 

話の輪に入って話したとき、

 

人が散ってしまったことの

 

正体でしたね😅

 

 

・・・・・・

 

 

まえ、私はエゴを本当に乗り超えたのかと

 

何度も自分に問いました。

 

 

そして、エゴを超えて

 

軽くなったと書きました。

 

 

私にとって、それはとても嬉しかったし、

 

自分は自分を悩ませた、自分のエゴから、

 

抜け出せたのだと思いました。

 

 

 

私が軽くなったのは事実です。

 

 

だから、人に対して、

 

軽く振る舞うことをしています。

 

 

 

でも、自分の心の中を探ってみると、

 

まずはこの、人には誰にもいいたくないような、

 

自分ひとりの、醜いエゴから、

 

いまでもいつでも始まっている、ということを、

 

認めるほかはないのでしたよね。

 

 

(書くだけで、そんなの、読みたくもないと言われそうですが)

 

 

この醜いエゴから、

 

これを自分で自覚して、手放して、

 

人との繋がりの中に進む。

 

 

ここが分かって、

 

これを自ら乗り超えて、はじめて、

 

人に対してかかわり、

 

人と自分がつながっている、同じであるといい、

 

共にいることができるのでしたね。

 

 

 

それが愛の働き、愛の循環、

 

愛のエネルギーでしたよね。

 

 

それはとっても嬉しいことで、

 

ここに間違いはないと思います。

 

 

(何度も自己確認するけど〔確認したがるのってエゴだけど〕、

 

だいじょうぶかぁ〜? ダイジョブダァ)

 

 

 

人によくしてあげよう、そのことに最善を尽くそう。

 

 

思いを尽くし、心を尽くして、あなたの神を愛せよ。

 

 

そういうことを、イエスも語りました。

 

 

実際、人に対して、このようにできるようになりました。

 

 

それでも、それは、

 

自分と相手の中のエゴが見えるし、

 

そして、その先があるとわかったから、できることですね。

 

 

二つのエゴが実は同じもので、つながっていて、

 

相手のエゴが、自分の中で、

 

呼応する、映っている、

 

そしてそれは、超えていくことができる。

 

 

そう感じるからです。

 

 

超えていった先とは、

 

愛そのものの、愛が通じ合う世界です。

 

 

だから、このことを、

 

相手に伝えたくなります。

 

 

でも、相手に通じる限りにおいてです。

 

 

伝えられる以上のことを言うことは、

 

相手への使役となり、

 

相手が見えず、相手を見ようとせず、

 

私のエゴから出ている、

 

ということになります。

 

 

上から目線、マウントを取るということと、

 

同じですね。

 

 

だいいち、自分がエゴのお仲間なのですから、

 

それが分からずして、

 

何にも、人に対しての言葉になど、

 

ならないことです。

 

 

 

だけど、エゴを乗り超えたという思いを、

 

相手に伝えられることは、

 

すばらしいことだったのです。

 

 

(何ものにも代え難いことかもしれません)

 

 

それは、すべてを、新しく、変えて行くからです!!!!

 

 

 

 

(新しい朝の光です)