私がMと一緒に暮らしたのは2週くらいほど。だけど、その2週間は私が今までの人生で味わった幸せの中で一番素敵なものだった。もちろん私は仕事もせずひたすら彼女と遊ぶだけのものだったからきれいな思い出で残ったことだけかも知れないけど愛する人と一緒に暮らすのがどんな感じなのか体験することができたから決して無意味なことはなかったと思う。
私たちはその2週間まるでひとつの体のようにずっとくっついてた。何もせずこのままくっついてることだけで幸せな気分に成れたからかな。私は今までの覚悟も後のことも何も考えずにただその瞬間を味わっていた。彼女はここがこれから生活する場所だったから私が感じた気分とはたぶん違っただろうけど、その笑顔は彼女の気分を表してくれた。
何よりよかったのは彼女が朝(大体昼ごろになって起きたけど)におきて食事を作ってくれたことだった。それはもう何より嬉しいことで、私のために誰かが料理を作ってくれるなんて母以外に今までなかったからその感動は今でも忘れられない。一緒にテレビ見ながら食べる食事は本当に楽しかったし、料理の味もすごくおいしかった。やっぱり普通にデートすることよりもささやかな瞬間さえ共有することができるから、なにもかも楽しかった。一緒にお皿洗いして、洗濯物も干して、掃除も一緒にしたり、家事がこんなに楽しいことだったか感じたのは生まれ初めてだった。
そして食事の後は外でデートだった。普通は近所まで行ってゲーセンいったり、買い物したり、散歩したり、本屋に寄って本読んだりするか、東京までいくと有名なお店で食事したり、デートスポットで写真撮ったり、もうたくさんのことをした。もうあのころの想い出はどんどん薄くなってるけどいつか完全に忘れてしまうときが来たらきっと寂しくなるんだろう。その中でデートが終わって幸せな気分を満喫してから帰る道は本当に懐かしい。駅から家まで15分ほど歩くけど、まったくつまらないとは思えず、彼女の話を聞いたり自分の話をすることがとても楽しかった。別れなくてもいい。私たちはずっと一緒だと安心したからかな。時間がそのまま止まって欲しかった。
夜になっても私たちは同じ風呂、同じベッドでずっと一緒だった。ひとつになるのってこんな感じなんだなと改めてわかった。もう離れたくない、離れないと私は思った。しかしそんなに幸福感を感じれば感じるほど私の底にはある不安が存在した。私が韓国帰ったらどうなるんだろう。
韓国には男性の入隊が義務化されてるので若いカップルが遠距離になることが多い。だから私はよく知っていた。遠距離カップルがどれだけ大変でその中で7~8割は悲劇に終わるって事を。
私が最初Mと付き合うころ心に迷いがあったこともこれを知っていたからだった。別の話だけど、私はもう恋愛に関して深い傷(他人から見ればたいしたことないのかもしれないけど)があったから、また傷つくのが怖かった。結果的にそのせいでMを傷つけることになったけど。。。
話を戻して私は時間が経つのが怖かった。いずれ別れることになるのかもしれないと。漠然な不安感があった。でも私はこのことを彼女に言う勇気すらなかった。もっと自信を持って男らしく彼女を安心させたらよかったはずなのに自分がビビッてどうしても男らしさを見せることができなかった。でも時間は止めどもなく流れ、私の帰国日は近づいていた。