ある日突然、不登校になって

ある日突然、不登校になって

中高一貫校に通う娘が、ある日突然学校に行けなくなりました。
中学3年間は楽しく通っていた学校なのに。

しかも成績も悪くなく、成績順で振り分けられたクラスも1番上のクラスになりました。

突然の出来事に、母である私も葛藤してます

~そこからの日々を記録~

「夜、子どもの部屋に
『おやすみ』って声をかけた方がいいですか?」

そんな質問をいただきました


我が家の場合は
無理に声をかけることはしていません



扉が開いていれば
「おやすみ」と声をかけることもありますが



扉が閉まっているときは
そのまま何も言わずに寝ます



子どもにとって

「一人でいたい時間」や
「入ってほしくない距離感」も
大切かなと思うからです

 


もちろん
声をかけることが悪いわけではなくて

そのご家庭の
お子さんとの関係性によっても違うもの


「こうするべき」ではなくて

今の子どもにとって
心地いい距離感はどこか

そこを見ながら関わることなのかなと思っています

アイメッセージが使えると

日常のちょっとしたことが

楽になることがあります

 

 

 

例えば我が家では

娘が洗濯物をまとめて出すことがあって
しかもなぜか天気の悪い日に…

 

 

そんな時

 

前だったら
「なんで今出すの?やめて!」と
言っていました

 

 

でも、今は

 

「天気が悪い日にまとめて出されると
乾きにくくてちょっと大変なんだよね」

 

そんなふうに伝えています

 

 

ただ
自分が感じたことを
そのまま言葉にしただけ

それだけで

相手も責められた感じがしにくいし
私自身もイライラを引きずりにくい

相手を変えようとするより

まずは
「私はどう感じているか」を伝える

それだけで

日常の小さなストレスが
少しやわらぐ気がします

 

 

「私は~って感じた」

そんな言葉を
ふとしたときに思い出してみてみてくださいね

予定がない日

一日パジャマのまま過ごすことって
ありますか?


私の中では以前
それは「ダメなこと」でした


だから娘が不登校だった頃

一日中パジャマのまま
ベッドで過ごしている姿を見ると

「せめて着替えてほしい」と
どこか責める気持ちがあったんです


もちろん今は

風邪で寝るのと同じように
心が疲れたら休んでいい

そう思っています


それでも
少し元気になってきた今

動けない日があると
「ダメな自分」と思ってしまう

そんな話を娘がしてくれました


そしてさらに

「心が疲れたから休む、とか
そういう理由をつけなきゃいけないことが
しんどい時もある」

そう言いました



その言葉を聞いて
私は

『休むことにも理由が必要』
そんな前提で見ていたんだなって
ことに気づかされました



でも

理由があってもなくても
ただそうしたいからそうしている

それもひとつの感覚であり
価値観だということ



どっちが正しい、ではなくて

「私はこう思う」
「あなたはそう思うんだね」

ただそれだけ


その違いをそのまま置いておけることも
大切なことなんですよね