イラストは、自宅から歩いていける高台の桜並木の下でひと休みしている父

 

ぽかぽか暖かく、風の無い日、ちょうど昼前の穏やかな時間だったが、一緒に散歩ができた最後の時となった

 

父はこの年の初夏、自宅で心筋梗塞を発症し、一命を取り留めたものの、退院後は老人保健施設のお世話になっている

 

これが介護なんだなぁと思うようになったのは、いつ頃からだったのか?

今振り返ってみるとはっきりとは憶えていないものだ

 

母の入院をきっかけに、独りで過ごす時間が増えた父の認知機能低下が始まった

 

徐々に歩行に変化が現れ、杖や押し車のお世話になるようになってきたが、急に転んだりすることもなく、施設で穏やかに生活していた

 

入所して5年目、その間、徐々に認知機能が失われていく様子をふとした瞬間に感じてきたが、まだまだ元気だなとあまり深刻に考えてはいなかった

 

しかし、先日、施設の看護士から急に報告と相談があり、施設内での夜の徘徊、排尿便の際のトラブル、食欲低下などが見られ、呼びかけに対する反応が少しずつ薄くなってきているとのことで、認知症のステージがまた一段階上がったと思われるとのこと

 

そして、施設側が気を遣った相談は、認知症が進行し活力が低下していく時間の中で、老衰によって、生命の維持が難しい局面を迎えた際、施設側にどこまでのケアを求めるか?、延命措置に対するご家族の意向、スタンスを確認しておきたいとのことであった

 

即答と言うわけではないが、90歳を超えた父にもっと頑張って生きろというメッセージは送れないので、自然に、そのままの時間を過ごさせて欲しいとお願いした

 

その答えを出した時、思わず涙が溢れそうになった

 

父親の命に、息子の自分が区切りをつけることになるんだなと思うとそれは切ないものである

 

しばらくの間、父との想い出が心にすき間に忍び込み、施設の部屋で窓から遠くを見る父の傍に座るたび、見えない手で胸の中をぐっと掴まれて、涙するのかもしれない