昭和50年代後半、帯広で学生生活を始めるのに、東北の田舎から出て行った若者が最初にいろいろ買い物をする場所は、何と言ってもデパートだった

 

何せ、何処にどんな店があり、そこで何が売られているのか、全く情報が無く、心細い田舎育ちの青年は迷わずデパートに駆け込んだ

 

その後、学校の近く(内地感覚ではけっこう遠いけど)にまあ割といろいろ売っている「スーパーいちまる」があると知ったけれど、誰が何と言っても藤丸は百貨店ですもの(笑)

 

下宿近くからバスに乗って、帯広駅前まで行って、Tシャツ、パンツ、靴下、コーヒーカップやスプーンなど細々としたものを買いそろえ、いそいそとまたバスに乗って帰っていく.....、なんとも可愛いものだった

 

そんな私の青春の一コマに登場した「藤丸百貨店」が100年以上の歴史に幕を下ろしていた

 

卒業後に東北の街に帰り、その生活の中でも、地元のデパートが店を閉めていく姿を目の当たりにして、我々の消費活動が大きく変わってしまった影響をもろに受けた業態なんだなと傍観していた

小さい頃に親に連れられて行っていた地元デパートが閉店後取り壊されていくを寂しく思って見ていたが、そのレベルをはるかに超えて、藤丸の閉店は衝撃的に悲しいニュースだった

 

昨秋帯広を訪問した日の夜、街中をぶらっと散歩した時に撮った写真

真夜中、静かに何かを見つめて佇むエゾシカが妙に寂しさを演出していた

 

1984年の冬、藤丸の入り口の灯りが漏れ出す夕暮れ時に、急いで店内に駆け込み、クリスマスプレゼントにと香水を買ったことを思い出す

彼女になにか素敵な香りを身に着けて欲しいと大人ぶってはみたものの、何を買って良いのか分からず、店員のおばちゃんに咄嗟に「シャネルの五番」と言ってしまったことから「おにいちゃん、ちょっと待ちなさい」的な時間になり、誰にプレゼントするのかと根掘り葉掘り聞かれて、顔から火が出るほど恥ずかしかった

 

単にマリリン・モンローがつけていた香水という情報しか知らない幼い青年に、あのおばちゃんは、「香水は年齢によって似合う似合わないがあるから、違う香水が良いと思うよ」と丁寧にいろいろ提案してくれた

そして、プレゼントする彼女は何歳なのかとか、どんな雰囲気の女の子なのかとか、背が大きいのか小さいのかとか、ただ単におばちゃんが知りたいだけじゃないかと思うような、今考えると本当にその情報が必要なのか疑わしいことも嬉しそうに聞いていたっけなぁ

 

化粧品コーナーで立たされ坊主になりながらも、素敵な買い物をしているようで、恥ずかしいけれど嬉しかった

 

どんな匂いだったのかはもちろん、何という名前の香水だったのかさえも忘れてしまったが、夕暮れ時にドキドキしながら、いろんな種類の香水を濾紙のようなスティックにつけて、利き酒ならぬ、利き匂いをさせられている二十歳そこそこの自分が懐かしい

 

だから、藤丸は、わが青春のデパートなのだ

 

瑛人さんの歌「香水」のように、その匂いをもう一度嗅ぐことができたらもっと想い出が蘇ってくるのだろうか

 

あの香水の名前を思い出せたならいいのに.....

 

今一度あの藤丸デパートに行きたい