私が会ったことのある芸能人など、実際どうでもいいことですが、そう言うお題を見つけたので、お話をひとつ
40数年前、帯広の厳冬期2月初旬、帯広市の南西、芽室町にある「嵐山スキー場」と言うローカルなスキー場でのこと
私は学生で、体育のスキー実習に出席し、人生2度目のスキーに大苦戦、スキーなどと言うような次元のパフォーマンスではなく、ほぼ直滑降から大転倒で止まると言う、ある意味事故に近い状態を繰り返していた
お昼ご飯の集合に急ごうとして、大して急でもない中斜面を滑り降りるところで大転倒して転げ落ち、コース下の連絡路に叩きつけられ、雪だらけになって呼吸困難になっている、その時!!
数人のグループが寄って来て、ニットの帽子に黒のサングラス、ひげを蓄えた、細身のシルエットの男性が「大丈夫~~?」とハスキーなビブラートボイスで声をかけてくれて、手を差し伸べてくれたその人は、ちょっと関西弁ぽいイントネーションのアーバンな雰囲気のお兄さん
私は恥ずかしさのあまり、ろくにお礼も言わず、「大丈夫です大丈夫です」と外れたスキー板を履きなおすことに必死になってしまい、大人の対応ができず
数人のグループは、その場をすぐに離れて、「じゃあ、リフト乗り場まで、直滑降で行こうよ!」と楽しそうに滑って行きましたが、その声を聞いたときに、私は「あれ???」と我に返り、『今の、上田正樹じゃねぇ???』を思うも時すでに遅し
当時の学校貸出スキーは、スキーの流れ止めがひも状のベルトを靴に巻き付けるタイプで、スキーが外れると、もう一度履きなおすのに大変な労力を要し、上田正樹さんを追いかけることなどできるはずもなく、何もできず、無念………
友達に「上田正樹がいて、助けてもらった!」と言うも、みんなが異口同音、「そんなはずねえべ」、「いやいや、上田正樹だって!!」、「頭ぶつけて、何か違うもんでも見たんだべや(笑)」で終了
「あれは絶対上田正樹だった」とつぶやく声は虚しくダイヤモンドダストのようにキラキラと空へ消えていきましたとさ
上田正樹さんがスキーをしているところをイラストにしてもらったら、AIはこんな絵を描いてくれました
想い出の映像とは全く違います(笑)が、でもその声は「悲しい色やね」の「♪ にじむ町の灯をふた〜り見ていた〜」のあのしゃがれた色っぽい素敵な声だった
後日分かったことは、嵐山スキー場上田正樹事件の前日、帯広で上田正樹コンサートがあったということ
「ほ〜ら見ろ〜、やっぱり上田正樹だったじゃねえか〜」と言っても、誰も同調してくれず、その話は闇のままで終了
「悲しい話やね」
もう一回言うけど、ほんとだったんだって
