SEKAI NO OWARI

というグループを最近知りました。

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人はそれぞれ「正義」があって
争い合うのは
仕方ないのかもしれない
だけど僕の嫌いな彼も
彼なりの理由があると思うんだ

人はそれぞれ「正義」があって
争い合うのは
仕方ないのかもしれない
だけど僕の「正義」がきっと
彼を傷つけていたんだね

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という歌がありました。

何が正しいのか。

何が本当なのか。


自分は【こう思う】
は、みんな持っていると思います。

でも、
「それって、本当なの?」
と聞かれたときに
100パーセントの自信を持って
本当です。
本物です!!

と、答えられるものがあるのか。
あくまで「私」単位なのではないでしょうか。。。



本物を知っている人って少ないんじゃないかなと思いました。
だから謙虚でいないとなんです。

自覚できないです。
知らないうちに傲慢になってしまいます。
だから姿勢を正してくれる人が必要です。

まだまだだって思えます。
だから目指します。

でも、、、
知っていたってできないのが私たち。
ブレてしまうのが私たち。


だから一人では生きれないんだと思います。




傷ついたり
傷つけたり

お互い様だなあと思います。

人と関わるから学ぶことができます。

一つ一つ。

ごめんね



ありがとう

が言えるのも相手がいるからです。


こうしよう

あーしよう

と思えるのも相手がいるからで
一人だったら、そんな気持ちにすら
なれないんだと思います。


一人では生きれない私。
でも、今生きていれるのは誰かが関わってくれているからです。
そんな不完全な私と私みたいな人たちが集まっている地球に
私たちは何で生まれてきたのか。
何をする為に生きているのか?

知らないとできないです。
自己流では
迷いが出てきてしまいます。




以前、教えていただきました。

やる事が分かっていないから
感情に流されるんだよ。

と。



何で生まれてきたのか。

何のために生きるのか。

死んだらどこへ行くのか。。。


全てのものにとって最大のテーマ。
私は【こう思う】ではなく
真実を知り
真っ直ぐ、歩みたいです。




画家のルノワールは、最後までデッサンを書き続けたそうです。
リウマチで動かなくなった指に、
息子に筆を紐でくくりつけてもらって書き続けた。


ゴッホは、ミレーに憧れ続けたそうです。
ミレーの代表作の一つである「種まく人」を真似て、
ゴッホは同じテーマの絵を違う角度から描いた。


そして、そのミレーは、ミケランジェロに憧れていたそうです。


人間は憧れることが大事だと思う。
憧れが人間をつくっていくんだ。

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そんな記事を読みました。






憧れている人いますか?







私は今まで、人の目を気にしてきました。

学生時代は
人と比べては、自分の劣っていることろを隠そうと必死。
人より、ちょっとでもいいと安心。
そして出来ていない人にイライラしてみたり。。。

そんな私だから、華やかな
モデルさんや女優さんに憧れたりしたもんです。



社会人になり
本当の自分は、こんなんじゃないはず。
変わりたい。
その想いは次第に強くなり
本を読んだり、セミナーに行ってみたり。。。

そんな私は、自分を自由に表現しているように見える
キラキラ楽しそうな
何にも縛られないフリーダムの世界に憧れるようになりました。



いろんな自己啓発本を読む中で
あなたのままでいいんだよ。
肩の力を抜いて楽に生きる。
みんな一緒。
波風の立たない穏やかな日々に憧れました。



ですが私は、いとう眼科に出会わせていただき
今度は「生き方」を学ばせていただくようになりました。
人の為に尽くす姿や、誰かの力になれている事務長に憧れました。

本ではなく実践。

もぅ~ドタバタな毎日です。
思い通りになんて一つもならないです。

イライラだってするし
泣いたりもする。

私ってこんななの~~ってプチショックだったり。



でも、楽しいなって思えます。
生きてる。って思います。

今まで避けてきた自分と
向き合わせていただいています。
ありがたいことです。


本当の自分は、こんなんじゃない!
変わりたい。
そんな想いがずっとありました。

じゃあ、今スーパーマンのようにカッコ良くなれたの?
と聞かれたら
まだまだ発展途上だから

Yes!!

とは、言えないけど
でもそれって普通でしょ。
それが普通でしょ。

上手になんて出来ないのが当たり前。

それを踏まえて
前に進みたい。
前に進んでいくんです。

「生き方」
私の命を精一杯使わせていただける
生き方を教えていただきました。
それが、すごく嬉しかったです。




出逢いによって
憧れる対象が変わりました。
目に見えるところから心へ。。。
自分から相手へ。。。

人の想いに応えられる生き方。
人の想いを感じれる生き方。
誰かのために生きる生き方。
自分を勘定に入れない生き方。

そんな生き方に憧れるようになりました。

憧れるには、対象者がいないとです。



ありがたいことに、憧れの背中があります。
目指す生き方を目の当たりにしています。

遥か彼方ですが
温かいです。
嬉しいです。
そして、カッコイイのです。





憧れている人いますか?







「政治と教育がその国の歴史をつくる」

という言葉があるそうです。


私は今、28才。
今年は29才になります!
いつの間にやら、いい大人になっていました。

教育【される側】から【する側】にいる年齢になってきていると思います。

周りをみても、もう二人目が出来た。
なんて耳にします。



政治はなんだか他人事になりやすい私ですが(ダメですが。。。)

教育。
子育て。
となった時、ものすごく身近に感じました。

先輩として、伝える立場。
親として、子供に伝える立場。

私の一言が
日本の歴史を作っている。
そんな風に言ったら大袈裟かもしれないけど、
でも実際に未来を担っていくのは
私たちや、次の世代の子。

そう考えたら、あながち嘘ではないですよね。。。

なにを、伝えるのか。
そもそも、なにを伝えられる自分なのか。
一人一人が重要任務を任されているんだと思いました。

だから、自分の好き勝手にやっていたらダメな気がします。
自分の枠内で考えていたら
それ以上を知ることができず
伝えることもできないです。


まだまだ私自身、成長途中です。
前に進む努力をしようと思いました。




先日の池間哲郎先生のFBの投稿で

ーーー努力するのは当たり前だと思うーーー

アジア途上国を廻り始めて30年近くの歳月が経過したが
その間、多くの人々から人間として大切なことをイッパイ教えて貰った。

ミャンマーエヤワディー地域の村にある小学校へ調査に入る。
そこに生まれながらにして両手の無い10歳の少年が待っていた。
ただ普通に立つ少年。
違和感を覚えるのは白いシャツから手が出ていないだけ。
「日本のおじちゃん!僕は字もかけるんだよ」と床に座る。
足の指に鉛筆を挟み、自分の名前をノートに書き始めた。
隣には校長先生が優しく見つめている。周りの子たちは越に気にしている様子もない。

私の中には静かだが深い衝撃が走る。
少年を見て自らを顧みる。

惰性で自堕落な生き方はやめるがいい
と怒鳴られた様な気もした。

私はマインドが弱い。
常に「甘ちゃんなマインド」が自分を支配する。
少年を見て自分が恥ずかしいと素直に思った。
そして教えられた。

「人間は努力するのは当たり前だ」と。
今日も頑張って生きていこう!


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と、ありました。
自分の思っている努力の小ささ。
やっぱり自分以上の人と触れていないと枠の存在に気づけないです。

努力するのは当たり前。
やった気になんてなっている場合ではないです。
もっと、もっと
やってくれている人はイッパイいます。
私が知らないだけ。感じられていないだけ。
知ろうとしてこなかったのは
知ってしまったら、都合が悪いからかもしれないです。


すぐに、やった気になる私がいるのですが
私が、やったことなんて
やった内に入らないくらい小さいことだったんだ!!って気づかせてくれる方がいることは
とても、ありがたいです。


今日も、これから!!
がんばるぞーー