日本人による日本人のためのアルバム~70年代日本のジャズ復刻版からマルウォルドロン「At Alo | 多弦Gutarist Tominha の部屋

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 さてもう一枚のアルバム、マルウォルドロンの「At Alone」であるが、これは七〇年代に随分聞いた記憶がある。その時の印象も記憶しているが、今回聞いてもその印象にあまり違いはない。より詳細に聞けるということはあるが。
 このアルバムはナベサダさんの「モントルー……」とは違い、発売当初から評価が高かった。そして今回復刻されたことにもわかるように、今でもおそらくは人気は高いだろうと推測される。七〇年代に来日を果たし、故人となったミュージシャンとくにピアニストの中で、マルは一二を争う人気者であると思う。同時期に来日を果たしたピアニストとしては世界的にもっとずっと有名な人、たとえば、あのビルエバンスなんて「超大物」がいる。しかし、このビルエバンスの来日時の録音を再発したとして、果たしてマルほどの人気がでるか、といえば、僕は「NO」だと思う。
 それほど、日本人は、少なくとも七〇年代にジャズに取り憑かれた人々の間ではマルウォルドロンは人気のピアニストである。しかし、そのマルとは、"このアルバムのようなマル"である。ビリーホリディが最晩年に好んで唄っていたといわれながら、結局録音は残されなかった「レフトアローン」 そして、キースよりもチックよりも、他のどんなピアニストよりも早く、「ソロ」で日本人の心をつかんだ「オールアローン」を弾く「孤高のピアニスト」としてのマルである。
 このようなマルウォルドロンのたたずまいは、復刻版のライナーノーツでも指摘されているように、日本人だけに見せるマルの「特別な姿」である。ヨーロッパ、あるいはアメリカ本国でのマルというピアニストのたたずまいとは、どちらかいえば、フリージャズに近いスタンスをもち、スティーブレイシーとのデュオのように、ECMレコードが非常に良く似合う「前衛派」のそれである。ピアニストのキャリアとしても、日本人のように最晩年のビリーホリディの伴奏者としてではなく、チャールスミンガスのバンドでエリックドルフィーとであい、ドルフィーとブッカーリトルの双頭バンドに参加した方を重視するのが普通である。なぜってそちらの方が「ジャズの歴史」にとってはるかに重要だから。
 従って、このアルバムは、マルというミュージシャンの手によるものではあるが、企画から発売まですべて「日本による、日本人のための」アルバムなのである。復刻版ライナーノーツによると、そもそも欧米の聴衆はマルに「オールアローン」や「レフトアローン」を弾いてくれとは言わないそうだ。従って間違ってもこういうアルバムは作られることはないだろう。

 こういう言い方をしていると僕はこのアルバムを貶めているように見えるが、そんなことはない。このアルバムは欧米ではスポットをあてられなかったマルの一面をアーカイブしたものであり、他にはこのような試みがないことも含めて貴重なものである。しかも、そういう「記録としての価値」以上に、演奏の中味もいい。ただ、勘違いすべきでないのは、「このようなマル」が良いと思うのは、われわれ「日本人」の「独自な感性」(と言っても、今の若い人はどうなのかしらないが)のなせる業であり、この作品が「ジャズとして優れている」からではないということだ。
 このアルバムの第一曲目に収録されている「All Alone」でも聞けるのだが、マルには通称「モールス信号奏法」と呼ばれる独特の奏法がある。これは、一つの音を非常に不規則なリズムでずーっと弾き続けるというものだが、その「ト、ト、ト、ト」という音の響きが「モールス信号」に似ているところからそう呼ばれているものである。また、マルはお手本にしているセロニアスモンクを引き継いで、フレーズを途中で突然止めたり、長い「間」を作って弾くという特徴がある。これらは、マルがピアノを「打楽器」として捉えるという、モンクやデュークエリントンらから示唆を受けた奏法を自己のオリジナリティにしようとしたものなのであるが、これを日本のジャズファンは特別な感情をもって解釈した。つまり、「ト、ト、ト」という「モールス信号奏法」に「寡黙な男のつぶやき」を感じ、独特のリズム感とスペース感に日本的な「間の美学」を感じたのである。そのうえで哀愁というか感傷を強調したマルのソロピアノは、まるで「高倉健さんのヤクザ映画」にも匹敵するような「男の美学」が感じられたのだ。それが、マルのピアノ、とくのソロピアノが日本で受けに受けた理由であると、僕は思う。

 マルのピアノを指して「孤高」とかあるいは「黒人ならではの哀愁」などという表現が使われることが多い。が、僕が思うに、それは「日本人が考えるジャズ」の姿であって、決して「アメリカ黒人文化」としての「ジャズ」の実像ではない。アメリカ黒人が好み、自身も奏でる「Jazz」はこんな「暗く」ないし、「哀愁」も帯びていない。もっと明るく、軽快で、猥雑なエネルギーに満ち溢れている。ただ、そういう楽天的で狂熱的でありながら、どこかそうなりきれない何か、好天の夏空に雷雨をもたらす黒雲がほんの少しだけ混じっているような「翳り」がある。それが「Jazz」という音楽のもつ特徴である。そこからすればマルの音楽は明らかに「異端のjazz」であり、彼が本国ではポジションをつかむことができず、居を欧州に定め、日本とヨーロッパを大きな支持をうけたのはある意味当然のことなのである。
 たとえば、このアルバムに収録されている「Lover man」という曲は、もともとは「恋に恋する」少女の憧れを歌った「オシャレな小唄」である。しかし、マルはそれをまるでレクイエムのように厳かに弾く。そして「yesterdays」ではジャズの代名詞と言えるシンコペーションをメロディーからできるだけ排除し、讃美歌のように端正に奏でる。もちろん、そうした解釈はこれらの曲がビリーホリディの愛唱歌であり、彼女へのオマージュを込めたものであるからこそなされるのだといえ、決して「普通」ではない。この「普通でなさ」が、日本人にとっては(すくなくとも一九七〇年代の日本人にとっては)「ツボ」だったということである。
 マル自身はそのことを意識していたようである。彼は部類の親日家であったし、それが高じて、後には日本人のカメラマンと再婚を果たしている。自分の音楽を独自の聞き方で愛する日本人とその文化は、彼にとっても居心地のいいものだったことは確かなようである。