詩人の時代 | 多弦Gutarist Tominha の部屋

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10弦・11弦という普通派では見ることがない多弦なギターを弾くギタリストTomonari.Cのブログ。音楽はもちろん、映画やら小説やら政治やら、思いつくままに書き連ねています。

今日のお昼、「うちくる」というテレビ番組に武田鉄也さんが出演していました。「幸せの黄色いハンカチ』出演の時の高倉健さんや山田洋次監督とのエピソードも面白かったけれど、一番印象に残ったのはやっぱりデビュー当時のこと。そして「70年代フォーク」のことでした。

番組ではこの話題の時に南こうせつさんと伊瀬正三さんが参加していたのだが、二人の話(といっても9割方武田さんがしゃべっていたのだが)の中心は、自分たちがいかに「後輩たち」の登場にプレッシャーを感じていたのかということ。
武田さんがあげたのは「ユーミン」であり、小椋圭さんであり、さらにチューリップであったのですが、その時興味深かったのが、武田さんがあげる「負けたと思った理由」が全部、「歌詞」にまつわる話だったことです。
「『ルージュの伝言』みたいなのはかけないよ、だっておれたちルージュなんか持ってもいないし。『ソーダ水の中を貨物船が通る?』 どうやって通るの?」「『真綿色したシクラメン』って『清しい』か」とそれはまあ、言いたい放題だったのだが、ともかくすべてが「歌詞限定」なのです。挙げられた「後輩」とくにユーミンの場合、歌詞もそうだが、それ以上に斬新だったのは「サウンド面」というか曲作り、音作りの方だと僕なんかは思うのだが、そういう話題は一切出てきません。

まあ、バラエティ番組という性格もあるから、「面白くてよくわかる」話としてそうしたのかもしれない。でも、番組見ていて、ああ、確かにそうだなと思ってしまったのです。
武田さんとこうせつさんは番組スタッフが用意した、「日本のフォーク~ポップス年表」を指さして、ユーミンの登場までが「縄文時代」でそれ以降が「弥生時代」とかいっていたけれど、確かにそこには大きな「時代の区切り」が存在する。そして「ポストユーミン」と「ビフォーユーミン」の時代の違いのひとつに、武田さん的な「歌詞へのこだわり」がまちがいなくあります。
独断と偏見を承知でいうと、ユーミン以前の人たち、いわゆる「フォークソング世代」のひとたちは「詩人」でした。あるいはそれを理想として目指していました。「ことば」へのこだわりはもちろんのこと、中原中也や石川啄木、種田山頭火や添田唖禅坊といった詩の先達たちのような人生への憧れがその言動に溢れているような人が多かった。高石ともや、岡林信康、高田渡、加川良、遠藤賢治、友部正人、西岡たかしetcetc……。60年代後半から、それこそユーミン的な「ニューミュージック」の登場まで一世を風靡した人たちに僕はみんな「詩人の影」を感じます。
彼らはみんな自らの「ことば」のなかにどれほどの意味や力や、あるいは人間の生の姿をこめられるのか、そのことを突き詰めようとした人たちでした。そして、そうやって紡いだ言葉をつたえるために曲をつくりギターを弾き、唄った。極端ないいかたをすれば、彼らはシンガーであり、ソングライターではあったかもしれないが、決して「ミュージシャン」ではなかった。
もちろん、実際に「歌」を作り出していたのですから、彼らが音なんてどうでもよいと思っていたということではありません。ただ、比重の問題というか、歌詞と曲、どっちにどのくらいの問題意識があったのかという比較の問題としてです。実際番組で武田さんが「思えば遠くにきたもんだ」という海援隊のヒット曲の話をしているとき、この歌詞が実は中原中也の詩にある「思えば遠くきたもんだ」という一節に「に」を加えたというエピソードを紹介します。そして、すぐこうせつさんと二人で、その中也の詩を暗唱するのです。
それを横で聴いていた伊勢さんが「暗唱できるんだ」と感心するのですが、いわばそういう「教養」というか、文学や詩へのこだわりを持っている、それが当時「フォークシンガー」としてデビューしている世代のありようなんだろうな、と感じた次第です。

厳密にいうと、ユーミンと中島みゆきさんと吉田拓郎さん、井上陽水さんあたりは二つの世代にまたがっていたと思うし、「フォークソング時代」に「はっぴえんど」で詩を担当し、のちにユーミンなどとタッグを組んで松田聖子さんのヒット曲を連発させた松本隆さんのような人もいらっしゃるので、本当はスパッと線など引けないのですが、武田さんの話の面白さから、こんなことを考えました。