
この日の視察にはメンディスさんのお兄さんの奥さん、ジータさんも同行していた。彼女の提案で、私たちは当初の計画にはなかったことだが、ワッドゥワの被災者15家族に対して、ささやかながらの援助をすることにした。ワッドウワにはジータさんのお姉さんが住んでおり、彼女たちのお母さんがずいぶんお世話になった人が被災者の中にいるのだそうである。この集落には政府の援助はもちろん、外国からも訪れた人はいないのだという。にもかかわらず、政府は海岸から100メートル以内の地域は居住禁止とし、被災者は移転を迫られている。すでに一家族分の移転先が見つかっているそうだが、土地の値段は日本円にして四万円ほどである。他には屋根の材料を求めている人、寝たきりの病人のためにベットが欲しい家族もいる。
無数にいる被災者に対して、私たちができうる援助は本当にわずかなものだ。そんな中で、このワッドゥワの人々に対してはなにか、目に見える形でわたしたちが力になりうるかもしれない、と思えた。メンディスさんのお義姉さんという現地での繋がりも見えている。これもなにかの「縁」である。カトリックの信者であるSさんは「神のお導きよ」といった。予想を越えた被害の広がりを目の当たりにして、みんな何かしないではいられなかったのである。