
最初に突き当たったのは学用品の運搬方法である。300セットの学用品は全部で200キロ以上になるのだが、これはどうしても自分たちで持っていきたかった。あと、保育園のPTAの人たちが集めてくれた新品のタオルなどもである。ところが、一般の旅行者が飛行機で運んでもらえる荷物は一人あたり20キロである。スリランカまでいくと名乗りを上げていたメンバーは全部で7人、当然持ちきれない。日本のJALにあたるスリランカ航空は今年三月まで、津波救援のボランティア活動に関する荷物は無料に制限を付けずにはこんでいたのだが、政府の指示によりこの支援活動はうち切られていた。おまけに日本の外務省がいうにはしかるべき手続きをとらないと、たとえボランティア活動の物資とはいえ、入国するときに関税を取られることがあるというのだ。
出発前の1ヶ月はこの両方を解決するためにいろいろと動き回った。メンディスさんは現地にいるお兄さんと毎日連絡を取り、私は外務省やスリランカ大使館と電話で交渉する秘が続いた。最終的にはスリランカ航空が特別に一人45キロまで受け付けることと、現地での窓口にカトリック教会がなる(メンディスさんはスリランカでは少数派のカトリック教徒)ことが決まり、関税の方も免除されるめどがたった。
もう一つの問題は、現地での具体的支援の中身である。メンディスさんが現地と連絡をとったところ、スリランカでは地域によっても、個々の人によっても援助のされかたに相当の格差があるらしい。そのため援助を受けていない人々のあいだで不満が強まっており、ところによっては傷害事件さえおこっているというのである。検討した結果、やはりカトリック教会のネットワークを通じ、被災地のひとつ、タンガッラの教会が進めようとしている学校の再建、津波によって親を亡くした子供地への支援活動に募金をするのが一番現実的ではないかという結論に落ち着いた。いよいよ、スリランカへと出発である。