布団の敷きパッドが汚れていた。
量産品の安物であるが、丁度背中が当たる箇所は毟れて毛羽立っている。変色も目立つ。じっとり湿っている。私はこの敷きパッドを後生大事に抱えて高度資本主義経済社会、日本国で生きねばならぬのか。嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。一体どうすればいいのだ。2分25秒煩悶した私は、唐突に閃いた。そうだ、洗濯すればいい。コインランドリーに行こう。私は歩き出す。外は雨が降っていた。私は傘を差して。
高架下沿い、ビジネスホテル裏に小さなコインランドリーがあった。横並びに洗濯機が二台乾燥機が二台、壁際に簡素な椅子が二脚、割と無造作に置かれている。時間を潰せるような漫画本、新聞の類はない。そもそも置くスペースがなさそうだ。洗濯機へコインを二枚投入する。薄汚い敷きパッドを投入する。30分と表示される。30分。湯を注いだカップラーメンの完成を待つ時間の10倍。私は空腹を覚えていた。きっとそれは錯覚では無かった。11時20分のことである。
透明の硝子戸を左へ開けた。入って直ぐ右側に傘を置ける容器が見えたので、その中に濡れた傘を立てかける。冷水機があったので、さも常連客ですみたいなスムーズな動きを意識してコップに水を注ぐ。私は初めて来店したのに。奥に細長いL字型のカウンターが伸びる小ぢんまりした店内はいい感じに寂れている。ただ私はこの店が名店であることを知っている。同僚から何度か聞いていたのだ。中華橋本の焼き飯は絶品である、と。
やきめし750円。
迷いもなく私は注文を決定し、カウンターのお婆さんに告げた。居合わせた二人の男性客も焼き飯を頼んでいた。定番であるらしい。程なくして楕円の白い器にて提供された焼き飯は、熱々の小高い山、であった。豚骨スープも添えられてる。銀色の匙で私は焼き飯を食べた。豚骨スープを飲んだ。その味を的確に分析できる舌、さらに表現できる語彙力、そのどちらも残念ながら私は持ち合わせていない。丸出駄目男。私は単純に焼き飯を、うめえー、と思い、豚骨スープを、濃いー、と思った。それが全てだった。私は焼き飯を食べながら、焼き飯とチャーハンの違いに想いを馳せる、そんなリベラルで感傷的なガイでは無かった。私は焼き飯と豚骨スープを貪り食う、食欲を全開にして憚らない獣、前線で身体を張るビースト、だった。食べ終わり、千円札一枚を差し出すと、お婆さんは代わりに三枚のコインを呉れた。硝子戸を開けた瞬間に雨が頭上から降りかかる。傘を差した。
再び高架下沿いを歩き、私はコインランドリーに戻る。洗濯機の表示は0になっている。敷きパッドを乾燥機へ移す。先程貰ったコインから二枚投入する。また30分待たねばならない。私は夢遊病者のように当てもなく周辺を彷徨った。水たまりで靴が濡れた。ただその乾燥機が30分間ずっと冷却運転していた、その事実を私が知ったのは無論30分後のこと、なのだった。冷たい敷きパッドを胸に抱えて、私は一体何を想っていたのだろう。焼き飯とチャーハンの違い、だろうか。焼き飯とチャーハンは何が違うのだろうか。雨は降り止む気配が無かった。
